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オープニング

 子供の頃から、漫画やアニメの主人公に憧れていた。


 強くて。かっこよくて。

 どんな強敵にも果敢に立ち向かって、仲間のピンチに颯爽と現れて。


 熱くて。勇気があって。

 どんなに辛くても、文句も言わず泣き言も言わず。


 頼もしくて。優しくて。

 鍛えた必殺技で敵を倒し、見事に問題を解決して見せる。 


 そんな最高で最強の()()()に……。


「ゔぁぁぁぁああかっ! テメェなんか、何の才能もないくせにッ!」


 橙色の西陽が影を長く伸ばしている。放課後。体育館裏に怒号が(こだま)した。石のように硬い拳で右の頬を強かに打ち付けられ、僕はアスファルトの上でサッカーボールのようにバウンドした。頭が割れたかと思った。瞼の裏で火花が炸裂したかのようだった。口の中に()えた鉄の味がジワリと広がる。


 主人公の条件その①・『才能があること』。


「お前に何ができる!? 空飛べんのかよ? 手からビームでも出るのか? あ!?」

「能力のない奴は引っ込んでろ! 無能に人権はねぇんだよッ!」

「下等な雑種風情が、血統書付きに逆らってんじゃねえぞオラッ!」


 亀のように丸まっていた僕に、今度は四方八方から、サッカーボールのように蹴りが入れられた。どの蹴りも容赦がなく、才能があって、的確に人体を破壊しようとダメージを与えてくる。必死に抑えた口元から、赤色混じりの胃液がボトボトと零れ落ちた。()()、肋骨が折れた音がした。これで今月は三度目だ。たちまち息ができなくなって、僕は顔をタコのように真っ赤にして、ボロボロ涙を溢した。


 主人公の条件その②・『血統を持っていること』。


「コイツ泣いてやがるぜ!」

「写真撮っとけ!」

「なぁ、お前()()()()だ?」

「お前は誰の末裔なんだ!? ギャハハ!」

「どうせ雑種だろ、なぁっ!?」


 嘲るような嗤い声が僕の頭上から降り注いだ。サッカーボールのように、僕の頭を踵で踏みつけたリーダー格の男がそのまま全体重を乗せてきた。地べたに押し付けられた頬が、砂利にのめり込んで、ひんやりとしていた。


「泣いたってだぁぁあれも助けに来ねえよ、ボケッ!」

「そんな都合の良い話、あるわけねえだろ!」

「うぐ……」


 頭の中で骨が砕ける音がして、喉からカエルが潰れたような悲鳴が聞こえたような気がした。気がした……というのは、意識が白く遠のきかけていて、自分の声かどうかすらも判別できなかったからだ。


「思い知ったか。お前と俺じゃ、(ハナ)から出来が違うんだよ!」

「うぅ……ッ!」


 子供の頃から、漫画やアニメの主人公に憧れていた。

 残念ながら僕は主人公ではなかった。僕は生まれつき、サッカーボールだった。


 主人公の条件その③・『サッカーボールじゃないこと』。


 ……違った。『勝者であること』。


 この世は勝者が……強い者が絶対である。

 敗者は勝者に、何をされても文句は言えない。弱者は強者に逆らえない。だから放課後、サッカーボール代わりにされても、それはとても()()()ことだった。


 もう片方の肋骨もへし折られながら、僕は()の字になって悶絶した。どうせ、どうせサッカーボールとして生まれてきたのだから、さっさと自殺(ゴール)した方が世のため人のために違いない。それがこの世界のルールだ。ここ数ヶ月、僕はずっとその日を夢見てきた。


 でも……どうして。どうしてサッカーボールなのに、僕は意識なんて持って生まれてしまったんだろう。どうして痛みを感じる器官なんてついているんだろう。僕はサッカーボールとしても出来損ないなのだ。あぁ神様。次に生まれ変わったら、僕は僕であることを全部放棄します。どうか何も考えない無機物として、蹴られても何も感じない、心穏やかなサッカーボールにしてください。


「あーもういいわ」


 そのうち『リバウンド』に飽きたのか、彼らはゴミでも見るかのように見下ろして、もはや原型を留めていない僕の顔に憎々しく唾を吐いた。『リバウンド』から解放されて、僕は強かに鼻の骨を折った。


「テメェみてぇな何の取り柄もねえ弱者を見てると、虫唾が走るんだよ」

「良いからもう、そのまま死んどけや」

「二度と俺たちの前に姿を現すんじゃねえぞ!」

「コラーッ、お前たち!」

「ゲ……」

「先公だ!」


 その時だった。致命傷レベルの怪我を負ってからようやく……ようやく遠くの方から怒鳴り声がして、誰かが体育館裏に飛んできた。人混みがさっと離れていく。僕は、自分の目の前に広がった赤い水たまりを見て、これが三途の川なんだと思った。死のう。元からそのつもりだった。こんな世界、死んだ方がマシだ。


「お前たち……!」

 先生は足元でボロ雑巾になった僕を見るなり、雷を落とした。


「お前たち、どうしてこの弱者男性に止めを刺さない!?」

「え……でも」

「弱者が、弱い者が弱いまま生き延びたって、悲しみを生むだけだろうが! 授業で散々習っただろう!?」

「あー」

「何か……ありましたね」

「そうだ! 弱者は、弱者として生まれてきたことそれ自体が罪なのだッ! うけけけけ! 『誕生罪』として、これから先生はこの生徒を現行犯私刑にするッ!」


 先生はそれから振りかぶった竹刀を、思いっきり僕の頭上へと叩きつけた。



 ……しばらくして、僕は体育館裏で寝そべったまま、夕暮れに染まった空をぼんやりと見上げていた。


 薄い水色の部分と、白いポツポツとしたひつじ雲と、下の方からじわりと滲む紅色が何だか綺麗だなと思った。グラウンドでは、既に部活生たちが掛け声と共に爽やかな汗を流している。世界中の、僕以外の人たちは、既に僕を置いてけぼりにしていつもの変わらない日常に戻っていた。誰かが言っていた。『世界はとても美しい』……。


 咳をすると赤い痰が出た。助けは来なかった。時折、遠巻きに写メを撮って笑っている生徒はいたが、保険の先生も来なかったし、救急車も同じだった。いつもの変わらない日常。分かっていた。


 もうとっくの昔に気づいていた。誰も助けになんか来ない。正義の味方は弱い者を助けたりしない。派閥。仲間。民族。宗教。国家。自分にとって助ける価値のある者を助けているだけだ。敵は助けない。誰も才能のない、何処にも所属していない雑種の、無価値な弱者を助けようとはしなかった……世界はとても美しい。世界の蚊帳の外で、僕は拳をギュッと握り締めた。


 夕暮れの赤も、次第に深い青が迫ってきて、いつの間にか空には満天の星が滲んで見えた……僕のことなんて、何にも気にしないような輝きを放って。



 20XX年。

 異世界転生により、続々とこの地球に能力者たちが集まり始めて幾星霜。

 時間停止、不老不死、念動力……転生者たちは類稀なる特殊能力でこの国を、いや世界中を席巻した。


 かつてこの地球を支配していた人類たち……いや()()()たちは、瞬く間にこの星の主役の座を奪われた。むしろ市井の人々は、文字通り奇蹟を起こして見せる彼らを神の如く崇め奉り始めた。政治、経済、それに倫理観……ありとあらゆる分野で、能力者たちによる地殻変動(パラダイムシフト)が湧き起こった。


 やがて無能力者ノ処遇ニ関スル法律……通称・『弱者排除法』により、無能力者……弱いもの、間違ったもの、汚いものは徹底的に社会から排除された。こうして清く正しく美しい国になったネオ日本では、現在、才能と血統、それからご都合主義に守護られた主人公たちがこの世の春を謳歌している。

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