9.面倒な依頼
「と言うわけで、あなたに依頼を受けて欲しい」
「あの……説明になっていないのですが……」
わたしは思わず呆れた視線を向けてしまう。
「す、すまない。気が急いていた」
グレン様はコホンと咳払いをする。この人は意外とせっかちなのかもしれない。
「先ほども言ったようにこの依頼は私がお仕えしているのは第三王子殿下のためだ。あなたも知っていると思うがこのあたりは遺跡が多い。最近、新たな遺跡が発見されたのは知っているだろうか?」
遺跡が発見されたという話は聞いたことがある。一般市民が自由に出入りできるようなところではないので、詳しくはしらないが、確か、この領地の端で他領との境界線付近だったはずだ。
「一応、噂程度には。領地の境界線付近でしたよね」
「その遺跡の調査の主導権で問題になっているんだ」
「はぁ……」
「ウィンスレットにばかり遺跡があるのはどうなのか、入り口はウィンスレットの領地でも中に入れば他の領地に広く広がっているのではないのか等と文句を言われるようになった」
一般的に、発見された遺跡の領地が調査の主導権を持つことが多い。もちろん国に所有権があるのだが、調査中の支援や日々の管理を考えると遺跡がある土地の協力が必要不可欠だ。
とは言え、国が所有する貴重な遺跡を管理する権利が一カ所に集中するのは面白くないのは理解できる。
――中央とのパイプ、発見されるかもしれない貴重なお宝を真っ先に知ることができる権利。加えて、中にいる魔物を倒したりすれば追加で報酬を得られるのよね。管理の名目で割と自由に出入りできるし。珍しい素材が手に入るのは羨ましいかも。
「ウィンスレットが多くの遺跡を管理し、また、わたしが第三王子殿下に仕えることで第三王子殿下の発言力が高まるのを他の王子殿下が面白く思っていない。もちろん他の貴族も同様だ」
「遺跡調査やノウハウのある方が主導する方が効率的だとは思いますが、そういう簡単な問題ではないのですよね」
「理解が早くて助かる。公平に決めようということで、国王陛下が次の剣術大会の勝者に決定権を与えると仰った。普通の武器では優勝は難しい」
――そんな決め方で良いのかしら? きっと、優秀な人間を王子殿下の方々が上手く取り込むことを期待していらっしゃるのね。
けれど、わたしにはそんなこと関係ない。
「平たく結論を言うと、王子殿下同士の権力争いのために依頼を受けて欲しいということですね」
「そんな風に言われてしまうと身も蓋もないのだが……」
「そんなことを言われてしまうと余計に依頼を受ける訳にはいかないのですが……」
「なぜだ?」
「わたしはこのように錬金術師として田舎でのんびりと平和に暮らしたいんです。権力争いなどに巻き込まれたくありません」
「錬金術師として名をあげたいと思わないのか?」
「思いません。わたしはひっそりと生きていきたいんです」
皆が皆、有名になりたい、とか出世したいとか思わないということがどうしてわからないのだろうか。わたしは目立つわけにはいかないというのに。
「そこをなんとか……」
「王都には優秀な職人がいるのでは?」
「優秀で有名な職人はすでに囲い込まれている。他の職人も誰の息がかかっているかわからないんだ。自分の領地でかつ、今まで知られていない人間であれば……」
――段取りが悪いのでは? もしかして人望がない?
口に出せないけれどそんなことを思ってしまう。
「すでにわたしが他の人から依頼を受けていたらどうするんですか?」
「そ、それは……」
あからさまに焦るグレン様。他に頼れる部下や職人はいないのだろうか。
――まぁ、受けていませんけどね。王子様の側近がそんなに感情を表に出して良いものなのかしら。
「安心してください。受けてはいません。こんなところにまで訪ねてきた方はいませんよ。まぁ、誰が来ても受けるつもりもありませんけど」
「もちろん報酬ははずむ!」
「報酬の問題ではありません」
「遺跡の調査を許可しよう。珍しい素材を提供することもできる。国や我が家で管理しているアーティファクトを見せることもできると思う」
――うっ……。正直、ちょっと魅力的だ。
「この村の税金の優遇することもできるし、逆に税を重くすることも……」
ちょっとだけ浮ついたわたしの心が一瞬で凍りつく。この村に圧力をかけるなんて許すことはできない。
「……それって錬金術師の権利に反しません? そういう風に圧力をかけるなんて……。何の落ち度もない村に対して税を重くするなんて第三王子殿下の権限でそんなことできるんですか? 暴君になる素質がおありのようですね」
ちゃんと取り繕わなければいけないと思うのに、わたしの声は低く冷たくなる。相手が領主一族であっても怒りや不快感を隠せない。
「い、いや、多少のことに融通が利くことを言いたかっただけで……」
「多少のこと? 王族や領主一族の名前を出しておいて?」
「すまない! 失言だった」
必死に謝ろうとするがもう遅い。
「お帰りください。もうお話することはありません」
わたしはアトリエのドアを開け、帰ることを促す。
「待ってくれ! 今日はこの村の宿に泊まる。改めて話をさせて欲しい」
「もう二度とお話することもないと思います」
わたしは冷たい笑顔で目の前の男の人を拒絶した。