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8.お客様の正体

 わたしがじっと見つめると男の人は不思議そうに口を開いた。


「もしかして、私のことをしらないのだろうか?」


 ――え? 何? ものすごく自意識過剰な人なの?

 目の前の男の人の態度にわたしは困惑する。


「えぇ、存じ上げませんけど……」

「はぁー……そうか……」

「何か問題でも?」

「いや、こちらが悪い。ずいぶん思い上がった考えだった」


 この人はとんでもない有名人なのかもしれない。なんだか申し訳なくなってくる。


「すみません」

「てっきり自分のことは知っているものだとばかり……。申し訳なかった。改めて名乗らせて欲しい。私の名はグレン・ウィンスレット。決して怪しい者ではない」


 ――ウィンスレット? ってこの土地の領主様の名前じゃない! そんな人に怪しいとか言っちゃったんですけど……。

 嫌な汗が背中を流れる。


「あ、あの、まさか領主様の……」

「あぁ。ウィンスレットといっても現領主の三男だ。王都で騎士団の一つを任されている。てっきり領民なら知っているものだと思い込んでいた。傲慢な考えだったよ。すまない」

  

 そう言ってグレン様は紋章の入ったネックレスをわたしに見せる。

 ――まさか、領主の三男で騎士団長って第三王子の側近……? 領主一族ならこの近辺に詳しいわけよね。そんな人が訪ねてくるなんて思わないわよ。うぅ……完全に平和ボケしていたわ。

 目の前の男の人はかなりの有名人だった。この村に住むのに重要人物のことを把握してなかった自分を叱り飛ばしたい。


「申し訳ありません。わたしは三年ほど前にこの村にきたので、グレン様のお顔を存じ上げませんでした」

「そうか、それなら仕方ないな。ここ数年はこの村に寄ることはなかったし、知らないのも無理はない」


 グレン様の言葉にわたしはほっと胸をなで下ろす。

 

「そう言っていただけて恐縮です」

「では、依頼は受けてくれるだろうか?」

「それとこれとは話が別です。グレン様がたとえ領主様のご子息であってもこの依頼は受けることはできません」

「なぜだろうか?」

「先ほども申し上げたように、わたしは武器を作りたくないのです」


 素っ気なく拒否するわたしに対してグレン様は固い表情になる。


「第三王子の依頼であってもだろうか?」

「誰が相手であっても変わりません。それに、錬金術師に対して身分を盾に依頼を強制することはできなかったと思いますが」


 過去に錬金術師に対して自分の依頼を強要することが問題になったのだ。

 錬金術は意外と繊細なので、自分が作りたいと思わないと作れない。錬金術で利益を独占したり、自分の意に添わない錬金術師を消したりする人間も現れた。

 錬金術師は貴重な人材ということもあり、権利が保証されるようになった歴史がある。


「うっ……」


 わたしの反撃にグレン様は痛いところを突かれたらしい。

 ――このまま引き下がってくれるかしら?


「と、とにかく詳しい話を聞いて欲しい。どうしても依頼を受けて欲しいんだ」


 引き下がってはくれなかった。この人にも立場があるだろうから仕方がないのかもしれない。


「……わかりました。お話はお聞きします。お茶を淹れなおしますのでお待ちください」



 わたしはお茶を淹れなおし、メモを取るためにペンとメモ用紙も用意した。メモ用紙に今日の日付を記入する。


「改めまして、わたしは錬金術師のエルザと申します」


 わたしは失礼のないように挨拶をした。

 グレン様はわたしの挨拶にやや面食らった様子だ。

 ――何かおかしなところはあったかしら? これでもしっかり作法は身についていると思ったのだけれど。

 ここに来るまではしっかりと教育を受けていたし、教師や周囲から褒められることは多かった。

 グレン様はわたしのメモ帳にもチラリと視線の動かす。


「あなたはずいぶん所作がきれいだな。読み書きも問題ないようだし、字も美しい」


 ――あぁ、そっちね。しっかりとしすぎるのも問題なのかもしれないわ。と言っても加減がわからないけれど。お茶を淹れたり飲んだりするのだってしっかりと身についてしまっているもの。でも、無礼を働くよりは良いはずだわ。

 わたしはニコリと微笑んで理由を説明する。


「……以前、母親と共にとある貴族の家にお世話になっておりました。わたしは生まれたときからその家におりましたし、そちらには同じ年頃の幼いお嬢様がいらっしゃいましたので、色々なことを学ぶ機会がありました」

「どうしてその家を出たんだ?」

「錬金術師になりたかったのと、母が亡くなり、その家にいる理由がなくなりました。わたしは母と違ってその家に生涯尽くしたいわけではありませんでしたし」

「すまない……」


 グレン様が申し訳なさそうな顔する。嘘は言っていないけれど、そのような態度を取られるとこちらの方が申し訳なく思ってしまう。


「いえ、過去のことです。本当はもっと早くその家を離れたかったのですが、師匠にも子どものうちは錬金術の修行だと思って色々なことを学びなさいと言われていたんです。貴族の家では平民の生活では体験できないことを体験できますから」

「なるほど……」

「錬金術師には色々なお客様がいらっしゃいますから、失礼のないようにとわたしの師匠も礼儀作法にはとても厳しかったのです」

「三年ほど前にこの村に来たと言っていたな。では、錬金術師としては経験まだ……」

「えぇ、まだまだ未熟な修行中の身でございます。ですからご依頼は……」

「いや、このアトリエに来る前に村人から聞いている。この村には”凄腕の錬金術師”がいると。この短期間で村人にそう言われるということは本当に優秀なのだろう」


 ――駄目だったか……。

 わたしは思わず心の中で舌打ちしてしまう。良い感じに未熟だと誘導できたと思ったのに……。



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