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6.夢見の力

 ばったりお貴族様に会うと困るので、しばらくはアトリエに籠もることにした。貴族が本気で探せば見つかってしまうのだろうけど、気をつけるにこしたことはない。

 ――別に悪いことをしたわけでじゃないし、必死に探したりしないよね? それにしても、あれからちゃんと帰れたのかしら。心配してももう仕方ないのだけれど。

 夢でみたことに関係した出来事だったので、なんとなく嫌な予感がする。


 わたしは先日会った男の人の無事を考えながら、新しい安眠香の調合に取り組んでいた。

 ――もう少し、良い夢が視られると良いのよね……。ラベンダーにゼラニウムは入れるとして、バラは少し多めに入れてみようかしら。


 熟睡できるようなアイテムも欲しい。そんなことを考えながら素材を錬金釜に入れて調合を行う。

 調合はぐるぐると錬金釜を杖でかき混ぜるだけのようにみえるが、それなりの重労働である。魔力とイメージが均一に伝わるようにしっかり混ぜないといけない。


「ふぅ……新しい安眠香、完成っと」


 今回は香りや眠りを誘う薬草の配合を変えて三種類作ってみた。自分で試してから、リラにも試してもらうつもりだ。

 使用したものや配合もメモをする。


 わたしはメモを見ながら夢のことを考える。近頃は良い夢を視ることができていない。わたしにとって夢をみるのはとても疲れることでもある。


 わたしの母方の家は特殊な能力を持っている。“夢見”というもので、その言葉どおり夢をみる能力だ。夢見の力は人によって異なり、過去を視る人、未来を視る人、異国や異世界を視る人など様々だ。

 わたしは夢で異世界を視ることができる。一族の中でも珍しい能力のはずだ。わたしのお母様は弱い力でぼんやりと未来のことが視えたらしい。弱い力といってもお母様の力のおかげで今のわたしがある。


 この能力のおかげでこの世界にはない文化を知ることができるので、錬金術で珍しいものを作ることができるのだ。

 夢の世界では色々なことが体験できるため、具体的なイメージを作りやすい。異世界には本当に不思議なものが溢れている。

 わたしがこのアトリエにきて三年ほど。修行期間としてはかなり短い。それでも錬金術師としてそれなりにやれているのはこの夢見の力とお父様から受け継いだ“よく視える目”のおかげだ。

 夢の中のとある世界の言葉でこういう能力のことを“チート”というらしい。元々はネガティブな意味の言葉らしいが、”ずるいくらいにすごい”と言ったようなニュアンスがあるそうだ。

 我ながら本当にずるい能力だと思う。錬金術の才能があるだけでもすごいというのに……。


 ――異世界にあるものは基本的にどれもとても興味深いのだけど、特にすごいのがゲームとか本! あれはやばい。言葉が乱れるくらいに揺さぶられるわ。

 ゲームは板状の箱や小さな板の中に色んな世界が広がっている。ソフトというものを入れ替えれば別の世界だ。わたしの世界と似たような世界からそうでない世界まで色々ある。

 本も娯楽用から教材まで品質の高い同じものがたくさん流通している。どうしてあんなに色がついて文字もきれいなものが溢れているのだろうか。

 創作した物語は無限にあるようで、中にはわたしが生きている錬金術のある世界のものあって、これが人の手によって作られているなんて信じられない。

 部屋の中は快適、料理もおいしい。わたしは錬金術だけでなく、料理にも異世界の知識を活用している。わたしからするとこちらの世界の方が創作の中の世界だ。

 ――わたしが視ているものは異世界ではなく、創作物の中なのかもしれないけれど、料理がおいしいって正義よね! リラも喜んでくれるし、師匠もおいしいとほめてくれるし。

 錬金術師のはずなのに、たまにレシピ開発の依頼がくるのは何とも言えない気持ちになるけれど……。



 *** 


 寝たはずなのに真っ暗な空間の中でぼんやりとした光が広がっていく。

 今日も夢を視ることができたらしい。今回もおなじみの日本という国の一般的な家庭だ。

 この世界には魔力や錬金術といったものはないが、科学というものが発展して電気でいろんなものを動かしているらしい。

 ――電気を作る仕組み自体は頑張ればできそうだけど、使うのが問題よね。貯めることは難しいし、電気で動かすものをつくったり、エネルギーを送る環境を整えるのは難しそうだわ。


「あっ、お気に入りのチャンネルに新しい動画がアップされている!」


 わたしはタブレットという板状の機械で料理のレシピを紹介する動画を見る。今日はレアチーズケーキのレシピのようだ。

 ――頑張って覚えないと。



「いけない! レシピに夢中になりすぎてしまった。ゲームの続きもしたいのに」


 夢見の力を使っているときは誰かの身体を借りているのか、本当は現実ではないのかわからないけれど、五感がある。言葉もわかるし、文字も読める。

 夢の中の世界のはずなのに現実のようで、あまり夢に没頭しては帰ってこられない可能性あるらしい。

 師匠には夢見の力は無いものの、力のことは多少知っている。わたしの力が『異世界を視る』ことだと知ると、「しっかりと現実と夢の区別をするように」「長時間視ないように気をつけるように」「異世界の知識を持ち込むときは影響をよく考えること」などとアドバイスしてくれた。


「一時間だけ……」


 わたしは慣れた手つきでゲームのスイッチを入れた。

 テレビには映像が映り、音が流れてくる。


『スタートボタンを押してね』


 音声の指示に従い、わたしはセーブデータからデータをロードした。


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