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5.面倒なことには関わらない

 スケッチを終えたわたしは毒草を眺め、ぼんやりと考え事をしていた。葉柄を持ってくるくると回す。

 毒草といってもこうやって触る分には問題ない。手袋をしているし、毒耐性のあるブレスレットもある。

 ――今日みた夢ってこれに関係していたのかしら。わたしには予知夢を視る力はないはずなんだけどなぁ。

 偶然にも夢でみたことに関係するようなことが起こっている。毒草が見えたので解毒剤も何種類か持ってきたのだが、正解だったようだ。


「うぅ……」

「あ、気がつきました?」

「……ここは?」

「エルド遺跡の近くですよ。毒草にやられたみたいですね。ぐったりしていたので簡単にですが、処置させてもらいました」

「毒草?」

「傷口に薬草を使おうとしませんでした? あれは毒草だったんです。アレルギーもあったみたいですね」

「このあたりにはそんな危険なものはなかったはずだが……」


 一応、このあたりのことを知っている人らしい。


「最近、植生が変わったんですよ。見た目もとても似ているんです」

「そうだったのか……」

「大丈夫ですか? 何か食べます? 水もしっかり飲んだ方が良いですよ。あまり上手く飲ませられなかったので、水分も足りてないと思います」


 薬はなんとか飲ませることができたが結構な量の水をこぼしてしまった。


「すみません。薬を飲ませる時にかなりこぼしてしまいました。濡れて気持ち悪いですよね」

「薬まで……。いや、こちらこそすまない。助かったよ。これくらいならすぐ乾く」


 男の人はだいぶ意識がしっかりしてきたようだ。

 食事を勧めようか迷っていると、「ぐぅうううう……」と空腹を訴える音がする。


「お腹すいてますよね? 苦手なものがなければ食べてください。味は保証しませんけど」

「何から何まですまない。本当に助かるよ」

「照り焼きチキンのサンドイッチとトマトのスープですけど、大丈夫ですか?」

「ありがとう。いただくよ。好き嫌いはないし、これまでに食べ物で何かあったことはない」


 毒草にアレルギーがある初対面に人間に食べ物を渡すのも気が引けるが、大丈夫という言葉を信じることにする。

 リラに言われたのもあって野菜をたっぶり取れるように作ったサンドイッチとスープだ。

 料理を渡すと勢いよく平らげていく。


「うっ……げほっげほ……」


 一気に食べたせいか、むせてしまったようだ。わたしは男の人に水を差し出す。差し出した水もあっという間に飲み干してしまった。


「……ありがとう」

「よっぽどお腹がすいていたんですね」

「お恥ずかしい。あまりにもおいしくて……」


 サンドイッチの照り焼きチキンは甘辛いタレに粒マスタードを効かせている。パンにはマヨネーズを塗り、ゆで卵に加えてレタスもたっぷりはさんだ。トマトのスープにも色んな野菜がたっぷり入っている。

 身体を動かすので手軽に食べられるけど、ボリュームたっぷりで濃いめの味付けにしたのだ。

 ――自分的には良い感じだと思ってるんだけど、気に入ってもらえたようだわ。ちゃんと作ってきて良かった。


「あなたが作ったんですか? 見た目も綺麗で、とてもおいしいです」

「はい。お口に合って良かったです」


 簡単なものとはいえ、料理を褒められるのは嬉しい。せっかく作ったのだからおいしく食べてもらう方が良い。

 わたしは笑顔で言葉を返すと男の人と視線がぶつかる。

 改めて男の人を見ると濃紺色の髪に琥珀色の目の綺麗な顔立ちの人だった。鍛えているのか、体格もしっかりしている。着ている服の生地も良いものだ。

 こんなところで行き倒れていたけれど、魔力もあるようだし、雰囲気的にもおそらく貴族なのだろう。

 ――こんな顔をしていたのね。女の人にもてそうな顔だわ。でも、お貴族様なら関わらないのが吉よ。

 普通はイケメンを助けたらこれを機会にお近づきに……とか思うのかもしれない。わたしは綺麗な顔はそこそこ見慣れているので耐性はあるし、イケメンにも興味はない。何より、わたしは面倒ごとに関わりたくないのだ。

 なぜかお貴族様はわたしのほうをじっと見つめてくる。


「あなたは命の恩人だ。お礼をさせてほしい」

「いえ、たいしたことはしておりません。困っている人がいれば助けるのは当然のことです」

「薬に食事まで世話になったんだ。せめてお代だけでも……」

「いえ。薬はストック品ですし、食事も余り物ですから」

「では、せめて名前を……」

「名乗るほどのものではありません。何かを期待してお助けしたわけではありませんので」 


 わたしは笑顔できっぱりと拒否する。

 これだけ受け答えできればもう大丈夫だろう。これ以上は面倒なことになりそうなのでそろそろこの場を離れた方が良さそうだ。


「そうは言っても……」


 目の前の男の人は残念そうな顔をする。

 受けた好意を返さないのは心苦しいのはわかる。が、わたしのことを思うならそっとして欲しい。


「本当に気にしないでください。わたしもそろそろいかなくてはいけませんので。この近辺にはお詳しいのですよね? お気をつけてお帰りください。良ければお茶も飲んでくださいね」

「食器……」

「スープは飲み終わっているようなのでカップは持って帰ります。お茶のカップと水筒はお手数をおかけしますが、お持ち帰りください」


 わたしはニコリと笑顔を浮かべ、さっと立ち上がりその場を離れようとする。


「あ、待ってく……」

「では」


 わたしは言いたいことを捲し立て、そのまま歩き出した。

 ふと、言い忘れたことがあることに気がついて、立ち止まって振り返る。


「すみません。火の始末お願いしますねー。一応、お医者さんにも見てもらってください」


 二度と会いませんように……。わたしは心の中でそう祈った。


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