4.人助け
目が覚めたわたしは枕元に置いたノートを手に取り、夢でみた内容を書き留める。
――今日の内容はあまり使えないかなぁ。結構不鮮明だったし……。似た形の二種類の葉。片方は毒草よね。
わたしは採取に出掛けることにした。夢でみた葉がなんとなく気になったのだ。
簡単に朝食を済ませ、出掛ける準備をする。採取に出掛ける時は専用の装備だ。
上は動きやすいジャケットにインナー、下はショートパンツにタイツ。機能性を重視している。あまりに重視しすぎてリラに「可愛くない」と作り直されてしまった。
わたしとしては錬金術でこだわった服なのに、駄目出しされ、見た目を改造された結果、邪魔にならない程度に可愛くなっている。
わざわざ服を重ねるのはそれぞれに機能を持たせているからだ。季節や行く場所などによって組合せを変えている。アクセサリーも着けるがこれも色々な機能を持たせたお守りだ。
――リラが熱心にデザイン画を持ってくるものだから、結局アクセサリーがどんどん増えていくのよね……。今日は念のため毒に強いブレスレットにしよう。
「こんなものかな」
準備は入念にするようにと師匠に言われている。装備と荷物をしっかりと確認したわたしはアトリエを出た。
「エルザ、こんなに早くからお出かけかい?」
近所に住むハンナさんだ。野菜を乗せたかごを抱え、笑顔で声をかけてくれる。
「おはようございます。採取に行ってきます。何か急ぎの用事とかありますか?」
「大丈夫だよ。気をつけていっておいで」
「ありがとうございます。行ってきます」
ハンナさんだけではなく、この村の人は皆気さくだ。何気ないやりとりにわたしもすっかり村の住人だと実感できる。
――平和な日常って最高……!
***
村の外には森が広がっている。
このあたりは古い遺跡もちらほら点在している。師匠の先祖がここで錬金術師をやっていたのも遺跡のおかげかもしれない。
錬金釜の始まりは遺跡で発見されたアーティファクトと言われている。優れた錬金術師は自分で錬金釜を作れるようになる。錬金術師は錬金釜を引き継いだり、弟子のために新しく作ったりする。
現存する錬金釜は殆どが錬金術で作ったものだろう。とは言え、簡単に作れるものではない。錬金釜が簡単に手に入らないのも錬金術師が少ない要因の一つだと思う。
わたしの師匠は錬金釜を作ることができ、携帯用の錬金釜を作って旅に出た。
――素材を集めるだけでも大変なのに、錬金釜を作れるなんて師匠は本当にすごいわ。今頃はどこにいるのかしら。たまには帰ってくれれば良いのに……。
わたしは連絡も寄越さず、顔を見せに戻ることもない師匠に思いを馳せた。
わたしは採取しながら森の中を進み、ちょっと離れた遺跡の近くまで移動する。遺跡の影響なのか付近ではちょっと珍しい素材が取れることが多い。
と言っても錬金術師のように素材を必要とするようなそんなに人間はいないので、この辺りでは滅多に人には遭遇しない。
わたしは採取に出掛けることが多いが、薬師など素材を求める人でも購入したり採取を依頼することが多いのだ。
自分の目に感謝しながら素材をしっかりみて良い素材を厳選する。
薬草を摘んでいると何か生き物の気配を感じた。
――魔物じゃないよね? 多分、人だと思うけど、何かあったのかしら。
このあたりは人が通りかかることが少ない。しかも気配がする方向は道から外れている。感じる気配は一つ。何かあった場合は大変だ。
わたしは少し弱々しい気配がする方向へ向かうことにした。
ガサガサと草をかき分けて進んでいくと木にもたれかかって座っている男の人を発見した。
――大変! なんだかぐったりしているわ。
「大丈夫ですか?」
わたしは周囲に危険がないことを確認して男の人に駆け寄る。
「どうかしましたか?」
ぱっと見、大きな外傷はないが、話しかけても反応がない。息はあるがぐったりしている。何か手がかりがないか周囲を観察すると、男の人の腕に擦り傷と近くに葉っぱが落ちているのが確認できた。
「この葉っぱは……」
――これって薬草に似ている毒草だわ。
最近、この近辺では少し植生が変化してきている。この薬草に似た毒草もその一つだ。葉っぱの形が若干違う。毒草の方はギザギザの仕方が甘い。わたしは目のおかげで葉っぱをみれば簡単に見分けがつくが、普通の人は慣れていないと難しいだろう。
「きっと、この毒草を使ってしまったのね。肌の様子は……」
ちょっとした傷であれば薬草を軽く揉んで傷口に当てると傷の治りが早い。毒草であれば当たり前だが毒が身体に回る。
毒草でもちょっとした傷に少し当てるくらいではそんなに大変なことにはならないはずだだが、目の前の男の人はぐったりしている。
――しっかり揉んで相当な量を塗ったのかな。それとも、アレルギーでもあったのかしら?
改めて周囲を見るとしっかり揉まれてかなり汁気のある毒草が見つかった。わたしは男の人の腕や首を確認すると軽い発疹を確認する。おそらく両方なのだろう。
わたしは鞄の中から解毒剤とアレルギーを抑える薬を取り出し、男の人に飲ませる。傷口がある左腕は水で洗い流し、簡単に処置した。
呼吸も穏やかになったように思う。
――一応、気がつくまで側にいた方が良いわよね? 何か食べられるように準備もしておこう。わたしもそろそろ何か食べたいし。
わたしは火をおこして男の人が回復するのを待つ。携帯用の小さな鍋を取り出し、お湯を沸かしてお茶を淹れる。
この鞄は錬金術で作った特殊なものなので、見た目以上に色々なものを入れることができる。状態も維持して保存できる便利なアイテムだ。
わたしは持ってきたサンドイッチとスープを食べ、毒草の採取とスケッチをして時間を過ごした。