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36.食事会

 わたしたちは完成した料理を並べていく。グレン様はかなりソワソワしていた。


「どうかしましたか?」

「あ、いや……」

「グレン様はエルザの料理が気になっていたんですよね」


 リラがニコニコとグレン様に話しかけた。グレン様は照れたような恥ずかしそうな顔をする。リラの言葉が正解のようだ。

 ――前から思っていたけど、グレン様もかなり食いしん坊よね。


「そんなにお腹すいてたんですね」

「エルザの料理はおいしいですよー。冷めないうちに食べましょう。わたしももう楽しみで楽しみで……」

「リラのリクエストどおりに作ったよ。合ってるよね?」

「うん。正解。エルザ愛してる!」


 リクエストの解釈は正解だったようで、リラがわたしに抱きついてくる。グレン様は「リクエスト出来たのか……」とつぶやいた。そんなグレン様の言葉を聞き逃さなかったのか、リラは「これは親友の特権なんですよ」と自慢する。

 ――リラってば、領主の息子にそんな態度で良いのかな……。


「せっかくならちょっと良いお酒開けちゃおうよ」

「でも、グレン様のお口にあうかしら」

「それもそうだね……」


 リラがシュンとする。残念ながら、グレン様の口に合うような立派なお酒は我が家にはない。わたしは日常的にお酒を摂取しないからだ。さすがに師匠のお酒を勝手に開けるわけにはいかない。リラの家に取りに行ったり買いに行ったりしていてはせっかくの料理が冷めてしまう。


「あ、いや、自分は何でもおいしく呑めるんだが……」

「あ、確かに何でもおいしく食べてますもんね」

「違うよ。エルザの作るものはなんでもおいしいからだよ」


 リラは復活が早い。リラが元気なのは良いことだけど。


「そうではなく、二人はお酒が呑める歳なのか?」

「わたしたち、十七歳なのでもう呑めるんですよ。エルザはあんまり呑まないですけど」

「それは、師匠に言われてるから……。別に呑めないわけじゃ……」

「サラーサさん、心配性だもんね。でも、今日はわたしたちがいるから大丈夫だよ」

「よし、じゃあこれを開けよう」


 そう言ってグレン様は鞄から瓶を取り出した。


「え、良いんですか?」

「これくらいはさせてくれ。そこまで立派なものではないが、おいしいと思う」

「ありがとうございます。わたし、グラス持ってきますね」


 グレン様はそこまで立派ではないと言うけれど、平民が日常的に呑むようなものではない。わたしがどうしようか迷っているうちにリラはさっと席を立ってグラスを取りに行った。


「あ、リラ……」

「大丈夫、ちゃんとワインクーラーも持ってくるから」

「いや、そうじゃないんだけど……」

「本当に勝手知ったるなんとやらなんだな」

「そうですね」


 わたしは思わず苦笑する。これ以上、押し問答を繰り返しても仕方がないのでわたしはグレン様の行為に甘えることにした。

 リラがグラスを並べると、グレン様がスパークリングワインをグラスに注ぐ。シュワシュワとしたきめ細かい泡がとても綺麗だ。リラは待ちきれないといった顔をする。


「では、乾杯しましょう」

「あぁ。では、乾杯」

「「乾杯」」


 わたしたちはグラスを掲げた。よく冷えたスパークリングワインが喉を潤す。ほとんど飲酒の経験がないわたしでもこれは滅多に口にできない味だとわかる。辛口のすっきりとした味わいでとてもおいしかった。


「おいしい……」

「グレン様、とてもおいしいお酒ですね。いくらでも呑めちゃいます」

「リラ、呑みすぎてはだめよ」

「わかってる。料理も食べよう」


 わたしがサラダから食べていると、二人はサラダには目もくれずにわたしが作った料理を食べていく。


「リラ、野菜も食べないと」

「でも、温かいうちに食べたいじゃない。そうですよね、グレン様」

「そうだな」


 グレン様は唐揚げを刺したフォークの手を止めた。すでにものすごい勢いで平らげている。


「これはとても美味だな。表面はサクッと香ばしく、中はジューシーで肉汁がすごい。味付けも秀逸だ」

「エルザの唐揚げは絶品ですよね。グラタンもおいしいですよ」

「唐揚げは二度揚げしているんですよ」


 わたしの解説は耳に入っているのかわからない。リラは会話をしながらもしっかりと料理を食べている。器用な子だ。グレン様も綺麗にそして素早く料理を食べていた。


「グラタンも良いな」

「エルザ、アクアパッツァもおいしい」

「ありがとう。もう少し料理があった方が良いかしら」


 気がつけば料理は消えかかっている。お酒の空き瓶も増えている。グレン様は惜しげもなく、お酒を提供してくれた。おいしい料理のお礼だそうだ。それでも、二人の胃袋はまだ料理を求めているようにみえた。

 ――若い男の人って本当によく食べるのね。グレン様は身体を動かすから当然なのかもしれないけど。


「食べたい!」

「あぁ」


 二人の声がきれいに重なる。


「わかったわ。なにかパスタでも作ってくる」

「やったぁー」


 ――リラってば本当にグレン様と食事をしても平気なのね。いや、グレン様がおかしいのか。

 リラはグレン様と楽しく食事をしている。わたしにはまだ難しそうだ。と言っても必要以上に貴族と仲良くなる必要はないのだけど。

 二人を待たせるわけにはいかないのでわたしは手早くボンゴレスープパスタを作った。


「お待たせしました」

「良い匂い……」

「あぁ、これも期待できそうだ」


 わたしも早速、スープパスタを口にする。唐辛子とニンニクが効いていておいしい。我ながら完璧だ。もちろん、これもあっという間にわたしたちの胃袋の中に消えていった。

 食事会はかなり会話も弾んだ。リラのおかげだろう。次はもう少したくさん作っても良いかもしれない。

 ――わたしったらどうして次のことを考えてるのかしら。わたしが考えなければいけないのはグレン様の依頼。今日は失敗しちゃったんだから。


 お酒のせいかフワフワとした気分だ。きっと、リラとの食事が楽しかっただけ。また三人で食事会をしても良いなんて思うのは気のせいだ。


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