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33.失態

「エルザ嬢!」

「エルザ、大丈夫?」


 なんだか周りが騒がしい。わたしの身体もゆさゆさと揺さぶられているようだ。

 ――疲れているのだからもう少し寝かせて欲しいわ。身体を揺らすのも止めて欲しいんだけど……。


「うぅ……」

「エルザ嬢。しっかりするんだ!」

「グレン様、あまり揺らさないであげてください。エルザは多分大丈夫なので」


 リラの声となぜだか焦ったグレン様の声がする。ペチペチと頬を軽く叩かれた。痛くはないけど、叩くのも止めて欲しい。リラが起こそうとしているのだろう。


「エルザ、起きて」

「うぅ……ん」


 仕方なく目を開けると目の前には心配そうな顔をしているグレン様がいた。綺麗な顔が近くにある。すぐ近くには呆れたようなほっとしたような顔をしているリラもいた。わたしはなぜかグレン様に上半身を起こされ支えられていた。


「……あれ? リラ? ……おはよう」

「おはようじゃないよ」

「エルザ嬢、大丈夫なのか?」

「……何がですか?」

「エルザ……」


 本格的に呆れているリラの声だ。わたしの意識が段々とはっきりしてくる。


「……あれ?」

 ――この状況はなに? おかしくない? どうしてグレン様がわたしの身体を抱き起こしているわけ? 顔、近いんですけど。


 わたしはとっさにグレン様の胸板を押し返して距離を取ろうとする。


「だ、大丈夫ですので離れてください」

「あ、あぁ。すまない」

「グレン様が謝る必要なんてないと思いますけど……」


 リラがジト目でわたしを睨んでくる。

 ――うぅ。絶対呆れてるし、怒ってるよ……。


「エルザ、昨日は何時まで作業してたの?」

「……わかんない。とりあえず夜中かな?」

「もう! そんなことだと思ったよ。夜中とか言って、もっと遅かったんでしょう。グレン様が反応がないって心配してたのよ」

「ご、ごめん」

「リラ嬢に開けてもらって中に入ったら床に倒れていてびっくりしたぞ」


 滅多に使うことはないがリラにはアトリエの鍵を渡してあるのだ。こうやって床で寝ているのを発見されたのは初めてではない。グレン様が心配せずともリラなら勝手に鍵を開けて様子を見に来てくれたのだろう。


「グレン様も驚かせてすみませんでした。力尽きてしまって……」

「エルザ、シャワーでも浴びて準備してきたら? そのままではグレン様に失礼よ。グレン様にはわたしからお茶を出しておくから」

「ありがとう。お言葉に甘えます。いつものところにドーナツあるから」


 わたしは少しでもリラの機嫌を取ろうとドーナツを勧めた。リラにはお菓子が一番効くはずだ。

 ――これで少しでも怒りが収まりますように……。うぅ……まさかシャワーを浴びる前に二人が来ちゃうなんて……。寝顔、大丈夫だったかしら。


 わたしは急いでシャワーを浴びる。本当はゆっくりと湯船に浸かりたいところだけど、そんなことは言っていられない。グレン様を待たせるのはまずいだろう。




「お待たせしました。リラ、ありがとう」

「おはよう、エルザ。もうお昼だけど。はい。スープ飲んで」


 リラはわたしにスープを出してきた。持ってきてくれたらしい。やっぱりリラはわたしの様子を見るために準備をしていたようだ。少し機嫌がよくなっているような気がする。お菓子の効果は絶大のようだ。

 テーブルにあるお皿をみると残っているドーナツは一つ。わたしの為に残してくれたのかもしれない。

 ――それにしても二人ともドーナツ食べるの速くない? 結構な量があったと思うんだけど……。


「それで、エルザ嬢は本当に大丈夫なのか?」

「グレン様。エルザは普通にベッドに戻るのが面倒で床で寝ていただけですよ」

「……はい。その通りでございます」

「エルザにはよくあることです」


 グレン様は「そんなことがあり得るのか?」と驚いている。やはり女性に幻想を抱いているようだ。いや、性別に限らず普通は床で寝ることなんてしないからグレン様の言い分が正しいのだろう。


「わたしも初めてのときはかなり驚きました。エルザはしっかり見張らないと本当に倒れるまで作業して……。この子はわたしがいないと駄目なんです」

「……はい。その通りでございます」

「ちゃんと反省してる?」

「反省してます」

「もう無理しない?」

「……努力します」

「もう! 全然反省してないでしょ」

「してるよ」


 わたしたちのやりとりをグレン様はポカンと眺めていた。リラに怒られているところをあまり視られたくない。今後の関係に支障がでてしまう。

 ――なんとか話を切り上げないと……。


「グレン様、すみません」


 わたしが謝るとリラは我に返って恥ずかしそうにした。グレン様の前で、いつものようにずけずけとやりとりしたのが恥ずかしいのだろう。


「いや、かなり仲が良いんだな。姉妹みたいだ」

「そうなんですよ。エルザの姉に間違われることもあるんです」

「同い年じゃない……」

「エルザがだらしないからでしょう? ほら、グレン様と仕事の話しなくていいの? 聞かれてまずいならわたしはもう帰るから。エルザの無事も確認できたし」

「ありがとうリラ。また後で顔をだすよ」

「うん。わかった。じゃあまたね」


 リラは颯爽と帰っていった。リラはしっかりしていて引き際をわかってくれる。触れて欲しくないところは一歩引いてくれるのだ。

 グレン様はわたしたちのやりとりをみて笑っている。


「リラ嬢には弱いんだな」

「そうですね。否定できません」


 なんだか調子が狂ってしまう。早く気持ちを切り替えないと。


「それで、お仕事のはなしですけど……」



 わたしは昨日まとめた採取した素材のリストをグレン様に差し出した。素材も広げ、間違いがないか一緒に確認していく。昨日のうちにリストを作成しておいて正解だったと思う。さっきのやりとりは完全に失態だったけれど。

 グレン様は整理が終わっていることに驚いていて、何故か「無理はするな」と心配していた。


 ――無理なんてしていないのに。


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