32.探索終了
わたしが仮眠から目を覚ますと、グレン様は本を読んでいた。たき火の灯りに照らされた姿は綺麗な顔だけあってとても絵になる。わたしは思わずじっと見つめてしまう。
見とれている場合ではない。起きたことは気配で気がついているだろう。このままでは不審に思われてしまう。
「グレン様、お先に休憩をいただいてすみません」
「もう良いのか?」
グレン様も多少休まったのか、先ほどの少し元気がない様子は消えていた。
「はい。グレン様も休んでください」
「私は大丈夫だが……」
「休めるときにどうぞ。まだまだ探索しますよ。ミスリルゴーレムとか戦いですし」
グレン様は一瞬嫌な顔をすると「わかった」と返事をした。気力と体力が回復したわたしと温度差があるらしい。
グレン様は周囲を警戒しながらも休息を取り始める。わたしはお茶を用意して本を読みはじめた。
パラパラとページをめくると全く本に集中できないことに気がつく。
――音を立てるのは悪いから静かに読書しようと思ったけど無理だわ。音を立てなければ良いわよね。
音を立てずにできる作業は何かと考え、これまでに記録した情報を整理することにした。採取した素材の整理をしたい気持ちをぐっとこらえる。
一時間ほど経った頃、グレン様が目を覚ました。わたしは作業の手を止めてお茶の準備をする。
「一時間くらいだろうか」
「さすがですね。合ってます。お茶をどうぞ」
「ありがとう。なんだか変な感じだな」
グレン様はわたしが手渡したお茶を飲みながら何かを考えているようだった。
わたしも不思議な感じがする。つい最近まで知らなかったというか印象の悪かった人とこうして遺跡探索をし、お茶を飲んでいる。グレン様も同じことを考えているのだろうか。
――わたしったら何を考えているのかしら。余計なことを考えてないで早く準備しないと。
わたしは気持ちを切り替えて片付けをしながら出発の準備を進める。グレン様は空になったカップを手渡してきたのでそのまま鞄にしまった。
「鞄、使い分けてるんだな」
「そりゃそうですよ。混ざったら嫌じゃないですか。それに、戦闘中、とっさにアイテムを取り出すのに手間取ってもあれですし」
グレン様は目敏く鞄の使い分けを指摘してきた。わたしは回収した素材用、戦闘で使うアイテム用、その他と使い分けている。もちろん、素材回収用の鞄が一番収納力がある。なんだか細かいところまで観察されているような気がした。
「では、出発しましょうか」
その後もわたしたちは魔物と戦いながら素材の回収を行った。強い魔物もいたが、わたしも戦闘に加わり、難なく敵を倒していく。
わたしたちの連携はなかなかのものだった。実力のある人は他人と合わせるのも上手いのかもしれない。
「こんなものだろうか」
「そうですね」
気がつけばかなりの時間が経っていた。わたしとしてはまだまだ探索したいところだが、今回の目的はあくまで魔剣の素材集め。必要以上に探索はできない。そろそろ切り上げろということなのだろう。
わたしたちは帰路につくことにした。
***
遺跡の外にでる。久しぶりの外の空気だ。なんだか空気がおいしい気がする。
「戻ってきましたね」
「そうだな。エルザ嬢のおかげでずいぶん楽だったよ」
グレン様は遺跡の扉を閉じた。この遺跡ともしばしのお別れだ。きっと、依頼を完了させれば再び訪れる機会も得られるはず。名残惜しいけれど、遺跡に別れを告げた。
わたしたちはアトリエに戻ってきた。戻ってきたけれど、グレン様にお茶を出す気にはなれない。
「帰ってきましたね。お疲れ様でした」
「ああ。お疲れ様。この後は?」
「素材の整理をしますよ」
「今からか?」
「えぇ。いくら刻を止めているとはいえ、早く処理してしまいたいですし」
グレン様は驚いているが、わたしは早く作業に取りかかりたくてうずうずしている。
「すごい気力と体力だな……」
「普通だと思いますけど……」
グレン様は女性に幻想でも抱いているのだろうか。調合も探索もしている姿を見ているというのに。不毛な議論は続けたくないので、グレン様には早く帰ってもらいたい。
「では、わたしは作業に取りかかりますので……。グレン様も宿にも戻ってお休みください」
「あ、ああ」
「回収した素材についてはちゃんとまとめて報告いたしますから安心してくださいね」
わたしは何か言いたげなグレン様を半ば強引に見送った。
「よし。これで思い切り作業ができる! さぁて、どれからやろうかしら」
一瞬、リラに帰ってきたことを報告した方が良いかと思ったけれど、グレン様が村の中を歩いていれば帰ってきたことに気がつくだろうと判断した。
「別に良いよね? リラなら気づいてくれるだろうし」
わたしは下処理部屋に移動し、素材の整理から取りかかることにした。回収した素材の種類や量を記録していく。解体が必要なものは解体をし、特別な特性を持つものは分けていった。
そろそろ水分補給でもしようと作業の手を止める。気がつくとすっかり夜も更けていた。帰ってきたのがお昼過ぎだとすると、かなり長時間作業に没頭していたらしい。
わたしは疲労回復のためにフルーツビネガーをつかった炭酸水で喉を潤す。
「あぁ……もうベッドに戻るの面倒だわ。お風呂も無理。もうこのままで良いよね。あ、でも歯だけは磨かないと」
ベッドに入るための準備が面倒だったわたしは歯を磨き、いつ寝落ちしても良いようにアトリエの床にノートを広げた。
――このまま、軽く仮眠をとって、その後シャワーを浴びよう……。残りの作業は……。
気がつくとわたしは意識を手放していた。




