30.遭遇
グレン様が隔離区画の壁を開け、さらに奥に進む。この先はいつ強敵が現れてもおかしくない。
わたしは手持ちの道具と遭遇したときの手順を頭の中で確認する。
「大丈夫か?」
「え? あ、はい」
「緊張しなくても大丈夫だ。危険な目には遭わせない」
そんなに緊張していただろうか。グレン様がフッと優しくわたしに笑いかける。なんだか変な感じだ。
「そんな風にみえます?」
「ああ」
「そんなことはないんですけどね。予習はバッチリですし。敵が現れたらどんな手順で対応しようかと考えていただけです。アダマンタイマイ意外にも強い魔物が出てくるはずですし」
二人の足音が遺跡の中に響く。どれくらい歩いただろうか。グレン様が足を止めた。遠くに強い魔物の気配がする。
「お目当ての敵がいたようだな」
「みたいですね。ちゃんとアダマンタイマイだと良いんですけど」
敵は動かないようだ。わたしたちは警戒しながら進む。
少し開けた空間にアダマンタイマイはいた。大きな亀のような姿。四本足でずっしりと構えている。図鑑にあったとおりの姿だ。図鑑通りであれば硬いが動きは遅く、グレン様なら問題無くダメージを与えられるはずである。
「大当たりですね」
「あぁ。エルザ嬢は下がっていてくれ」
グレン様はアダマンタイマイに立ち向かう。敵はこちらには興味がないといった様子だ。
様子を窺いながらグレン様が勢いよくアダマンタイマイを切りつけた。何もダメージは感じていないが煩わしいといった様子でアダマンタイマイが反撃してくる。
――あれ? ダメージが通ってない? しかも、意外と俊敏だわ。
何度も切りつけてもアダマンタイマイは変化がないし、見た目と反して動くと早い。
グレン様は苦戦しているようにみえた。表情も少し驚いているように感じる。想定よりも硬いし、動きが速い。これなら援護した方が良さそうである。
硬くてもこの攻撃なら問題無いはずだ。
「グレン様。敵から離れてください!」
グレン様は「エルザ嬢、何を……」と言いながらもすぐに距離を取ってくれる。
わたしはアダマンタイマイに向けて思い切り敵を氷漬けにする爆弾を投げつけた。『カン』と軽い音がするとすぐに激しい爆発音がする。目の前のアダマンタイマイは一瞬で氷漬けになった。
わたしは攻撃の手を止めることなく次のアイテムに手をかける。
「もっと距離を!」
グレン様とアダマンタイマイの距離を確認してから筒状の短い槍に魔力を込め、凍ったアダマンタイマイに投げつけた。槍は『パチパチ』と帯電し、そのまま凍ったアダマンタイマイに光と共に雷を食らわせる。激しい音が響く。
あっという間にアダマンタイマイは沈黙した。
「よし! 成功」
わたしは手応えを感じる。グレン様は「……俺、要らなくないか?」とつぶやき呆然としていた。
――歴代の師匠に感謝ね。思ったより硬かったけど、ちゃんと効いてくれたわ。
立ち直ったらしいグレン様はわたしのところにやってきて話しかけてきた。
「……ずいぶん、強いんだな……」
「そこまででは……錬金術師としてのたしなみの範囲ですよ」
わたしはニコリと答える。
「いや、普通に戦えるじゃないか」
「わたし、戦えないなんて一言も言っていませんよ?」
「確かに……」
「素材採集があるのである程度は戦えますけど、グレン様のように強くはありませんし、初見の相手は厳しいですね」
「いや、私みたいな強さだったら正直へこむし、初見の相手は普通に苦労するから」
「アトリエに攻略法が残っていたので対策をしただけです。硬い敵は凍らせて砕くのが鉄則ですよね。素材と周りへの影響を考えて雷の攻撃です。強力な爆弾で吹っ飛ばすのが早いんでしょうけど、素材回収したいですし」
「そうか……。充分過激な攻撃だったよ」
最後の部分はよく聞こえなかったが気にしない。わたしは予想通り上手く対処出来たことに満足だ。
「錬金術のおかげですね。さて、素材を回収しましょう」
わたしはウキウキとした足取りで沈黙したアダマンタイマイのところに向かう。
グレン様と協力し、アダマンタイトなど素材を回収した。
「少し休憩します? 確か、この先に安全なエリアがありますよね」
「そうだな」
わたしたちは先へ進み、休憩を取ることにした。
ここは魔物が寄ってこないように結界がある場所だ。わたしは念のためにさらに魔物よけの結界石を置く。
「それは?」
「魔物よけです。念のためですね」
「用心深いな。戦士ならともかく一般人だろ?」
「遺跡の中ですからね。さっきのアダマンタイマイも予想より強かったですし。まぁ、何か来ても油断しなければ普通に気がつくでしょうけど」
「そういえば、エルザ嬢は普通に気配を感じ取れるのか?」
「そうですね。気づいてなかったんですか?」
「いや、思い込みだな。思い返せば普通にそんな会話をしていた。情けない……」
グレン様が少し落ち込んでいる。前々から感じていたことだけど、グレン様はわたしのことを普通のか弱い女の子と思っているようだ。わたしは普通だとは思うけど、決してか弱くはないと思う。
ここで落ち込まれると面倒なので、話を変えることにした。
「それよりもお腹すきません? 軽食ですけど、持ってきていますよ」
わたしは鞄を漁り、サンドイッチとスープを取り出した。グレン様の表情が変わる。良い感じに話題がそれたようだ。
「毎度、サンドイッチで申し訳ないんですけど……。あ、一応言っておきますとサンドイッチ以外も作れますからね」
なんとなく、サンドイッチしか作れないと思われるのが嫌で他にも作れることを主張する。
――外出先で食べるのが便利なだけだし……。
「いや、エルザ嬢のサンドイッチは絶品だ」
「そう言っていただけると助かります。今回は揚げた豚肉とキャベツを挟んだカツサンドですよ。身体を動かすのでボリュームたっぷりのものが良いかと。野菜はスープで取りましょう」
「おぉ……」
よほどお腹がすいていたらしい。とても良い反応だ。




