3.リラの依頼
やっぱり誰かと食べるご飯はおいしい。
今回のこだわりのプリンはクリーム、プリン、カラメルの三層。透明のガラス容器で目も楽しめる。スプーンですくうとトロリとする柔らかさ。口に入れるとバニラの香りが広がり、なめらかであっという間に消えてしまう。三層の味のバランスも良い。
なかなかの自信作。リラもよく冷えたなめらかプリンに大満足のようだ。
しっかり冷えているようで冷蔵庫の性能にも問題はなさそうだ。
リサは毎回わたしの作るお菓子を「こんなの食べたことない」と不思議そうに食べ、たまに錬金術師を辞めてお菓子屋を開いてはどうかと言ってくる。
――お菓子作りを勧めてくる目が結構真剣なんだよね……。確かに異世界で視たレシピだから普通の人は手に入らないかもしれないけど。アレンジはしているけれど、考えたのはわたしじゃないしお菓子職人は名乗れない。料理は結構好きだけれど、同じ研究なら錬金術に注力したい。
何か忘れているような……。
「そういえば依頼は何?」
「あ、肝心なことを忘れるところだった。エルザのプリン恐ろしい……。本当になんでこんなのが作れるのかな。じゃなくて、貼り薬と痛み止めが欲しいの。トムさんのところは在庫切らしてるみたいで」
トムさんは村にある雑貨屋さんだ。村の人は欲しいものがトムさんのところで在庫が切れているとわたしのところにやってくることがある。
わたしが作ったものもトムさんのところで売ってもらっているので、直接依頼されたものはトムさんのお店に並ぶ金額より少々高く設定している。その代わり、直接依頼されたものは依頼主の要望に合わせて少しアレンジすることもあるけど。
――トムさんも大事なお客様だし、あまり競合するようなことは避けないとね。わたしは村にきて三年のよそ者なのだし。
この村の人が依頼してくるのは主に生活に必要な日用品。師匠にも必要以上にお金儲けに走らないように言われている。
もちろん依頼の難度によって報酬は変わるけれど、基本的に村の人には特別価格だ。
――あと、単純にあまり目立つようなことはしちゃいけないのよね……。わたしは今の生活を守りたいもの。
「承知済みだと思うけど、トムさんのところより高くなるけど良い?」
「もちろん。その代わり貼り薬はちょっと匂い抑えられないかな。あとかぶれにくくなると嬉しい。最近、汗をかくとちょっとかぶれるらしいの。痛み止めはいつものやつ」
「わかった。どこまで対応できるかわからないけど、やってみるよ。匂いの方は抑えられると思う。ちょうどさっき良い材料を作ったから」
薬草の処理を変えてみたのだ。純水の純度も良い感じに出来てたし、きっと要望に応えられるはず。
「さすがエルザ!」
「でしょう? 調合に夢中になるのも仕方ないよね」
「いや、それとこれは別だよ。食事と休憩は適度にとって。一人暮らしで何かあったら大変なんだから」
速攻ジト目で突っ込まれてしまった。調合で疲れてベッドに戻るのが面倒な時はそのまま床で寝てしまうことがある。リラには何度か目撃されているので心配しているのだと思う。
昔のわたしがみたらびっくりするような生活だ。
「材料はあるし、すぐ出来るよ。ちょっと待ってて。あ、リラの好きそうなお茶あるから自由に飲んで。一回帰ってもらっても良いし」
「ううん。ここでプリン食べながら待ってる」
「じゃあ適当にくつろいでて」
リラは返事と共に二つ目のプリンに手を伸ばしていた。気に入ってもらえたようで嬉しい。
――かぶれにくそうな貼り薬……。粘着成分が優しくて蒸れにくいものが良いかな。炎症を抑えるものが入っていると良いかも。……よし、これでいこう。
わたしは素材を選んで錬金釜に入れた。
錬金釜をかき混ぜながら出来上がりのイメージと共に魔力を流していくとキラキラと錬金釜が不思議な光に包まれていく。
イメージが形になる感覚と感触でわたしは調合の成功を確信した。光が収束して貼り薬が出来上がる。
「よし、良い感じかな。匂いは……うん、抑えられてそう。次は痛み止めね」
痛み止めはちょっと苦みを抑えたものにした。リラは甘い物が好きで薬の苦みはちょっと苦手なのだ。こちらは元々簡単な上によく作るものなのですぐできる。
仕上がりのイメージが具体的であればあるほどすぐ形になるし、魔力も必要ない。
「はい、お待たせ。使ってみたら感想聞かせてね」
同じものを二つずつ作り、片方をリラに渡す。もう片方はわたしが手元で保管する用である。現物があれば同じものをつくるのも簡単だからだ。
「ありがとう。簡単に掃除しておいたよ」
「こちらこそいつもありがとう。本当に助かる」
リラはとても面倒見が良い。プリンを食べ終わると掃除をしてくれたようだ。
「いえいえ。エルザにはお世話になってますから。それにプリンのお礼だよ」
「持ちつ持たれつってやつだね」
「今日はもうほどほどにしてちゃんと休みなよ」
「うん。今日はもう素材とレシピの整理だけにしておく」
「そっちもほどほどにだよ?」
しっかり釘をさされてしまった。
とは言え、手元に残した薬をレシピノートにまとめなければいけない。現物が無くてもレシピがあれば同じものが作れる。
――ちゃんと記録を残しておかないと同じものを作ったり、改良したりするときに困るからね。レシピ研究や何かあったときのために現物は残しておかないと。
リラの言いつけを守ってその日は早く休むことにした。しっかり休めるように錬金術で作った安眠香を使う。
――明日は何をしようかしら。“良い夢”が視られますように……。