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26.素材の品質

 わたしは息抜きにお菓子を作っていた。今日はアップルパイだ。カスタードも入った贅沢なパイ。きっと、リラも気にいるはずだ。オーブンから良い匂いが漂ってくる。パイが膨らんできたので温度を下げた。

 最近はなんだかお菓子ばかり作っている気がする。元々、リラのためによく作っていたのだけど、リラ以上にお菓子を求める人物が現れたからだ。

 一度に大量に求められるので、しっかりと在庫を用意しておかないとリラの分がなくなってしまう。

 ――リラに悲しい思いはさせられないわ。でも、わたしは錬金術師。ちゃんと仕事しないと。とか、言いながらお菓子作っちゃってるんだけど……。

 トムさんのところに納品するものを確認しながら、次に作るものを考える。そろそろ、新しい石けんの開発も必要だ。新しい香りのものをリクエストされている。

 

「新しい香料も研究したいなぁ。お菓子の香りの石けんとかは……ないよね」


 わたしもずいぶんお菓子に毒されているようだ。ノートを広げ、やることリストを更新した。


「グレン様の依頼が優先よね。素材が来てからだけど」


 別のノートを広げ、グレン様の剣について作成手順を記入する。


「先にこっちの属性値を高めて、もっと品質を上げるには……」


 中和剤や触媒など、一緒に使うものの品質が悪ければ、良いものはできない。全ての材料の品質を上げる必要がある。

 中和剤など、錬金術で作るものは何度も同じ作業を繰り返し、純度を上げる作業をしていた。その作業の繰り返しに飽きてお菓子作りに走ったのもある。

 剣を具体的にイメージするためにわたしはレーダーチャートや数値を使う。夢見で見たゲームを参考にさせてもらった。おかげでイメージがより鮮明になる。

 数字は属性値や品質を管理するのにとても便利だと感じた。


「これを考えた人はすごいわよね……」


 レーダーチャートを複数書きながら、最終的にどのような特徴を持たせるか考えていた。


 カランカランカラン。

 来客を告げる音だ。おそらくグレン様だろう。


「はーい」

「私だ。素材を持ってきた」


 やっぱりグレン様だ。あれから三週間は経っているが、思ったより来るのが早い。


「いらっしゃいませ。早かったですね」

「そうか? もう少し早く来たかったんだが……」

「とりあえず、中にお入りください」


 わたしはグレン様を招き入れ、いつものようにお茶をだした。


「良い匂いがするな……」


 ぽつりとグレン様がつぶやく。わたしはアップルパイを焼いたのを思い出した。うちはカフェじゃないんだけどと思いながらも、自分も焼きたてを食べたい。さきほどオーブンから取り出して冷ましているところだ。


「アップルパイですけど、食べますか? さっき焼いたところなんですけど」

「ぜひ!」


 ――こういう顔をされるから、ついお菓子を出しちゃうのよね……。

 わたしは焼きたてのカスタードアップルパイを取り分けてグレン様に出した。

 グレン様は早速一口口にする。サクッと良い音がした。わたしも期待に胸を膨らませながらパイを口に運んだ。

 シャキシャキ感の残る甘酸っぱいリンゴにカスタードクリーム。バターがたっぷり効いたほんのり塩気のあるパイ生地との組み合わせが最高だ。


「はぁ……。これも最高だわ」

「あぁ……。アップルパイとはこんなに美味いものだっただろうか……。カスタードクリームがはいっているなんて、なんて贅沢なんだ。焼きたてが食べられるなんて、今日来て良かった」


 わたしが自画自賛していると、グレン様はカスタードアップルパイに感動している。涙を流しそうな勢いだ。

 ――相変わらず、おおげさね。

 グレン様の様子を見て、わたしは全部はあげられないけれど、帰りに一切れ包んであげようと思った。


「さて、本題に入りませんか?」


 わたしの言葉に、お菓子の世界に浸っていたグレン様が我に返る。


「あ、あぁ。素材を持ってきたから見て欲しい」


 グレン様は鞄から次々と素材を取り出してきた。わたしは取り出されたそばから手に取り、じっくり見る。

 ――うーん。これは……。


「どうだろうか? なるべく品質の良いものを用意してもらったんだが……」

「非常に言いづらいのですが、あまり品質が良いとは言えません」

「そ、そうか……」

「決して粗悪品とかではないのです。ですが、要求される品質の剣を作るとなると品質も属性値も足りません。普通のものを作るには問題ありませんけど」

「そんなに要求が高いのか?」

「そうですね……」


 わたしはグレン様に説明するために水をいれた容器を3つ並べた。


「グレン様にはこの水の違いがわかりますか?」

「いや。普通の水なのでは?」

「左はただの井戸水、真ん中は錬金術で精製した水、右はさらに錬金術で精製した水です。品質は右の水が一番高いです。わかりやすく数字で説明すると品質が十五、四〇、二五〇といったところでしょうか」

「見た目は同じなんだが……」

「飲んでも味はそんなに変わらないでしょうね。でも、見る人が見ればわかるんです。錬金術には使う素材の品質で完成品の品質が決まります。中和剤や触媒など錬金術で作成するものは調合を重ねて純度を上げていくことができますが、素材はできません」

「ふむ」

「鉱石からインゴットといったように素材を品質の高い別のものに加工することもできないことはないですが、途方もない作業になります。この水も何度も調合を繰り返したものです。ある程度は調合でカバー出来ますが、限界があります。まぁ、わたしの腕の問題もありますけど」

「とにかく、この素材では不十分だと……。エルザ嬢はどうして違いがわかるんだ?」

「そうですね。生まれ持ったものでしょうか。昔から物の良し悪しがわかるんですよ。特性がついているものであればそれもわかります。珍しいですよね」

「その能力を持った人間はなかなかいないだろう」

「本当に錬金術師にとって有り難い才能ですよ」


 元々、なんとなくものの良し悪しがわかる程度だったが、品質に数値の概念を取り入れた結果はっきりとわかるようになったのだ。夢見の力のおかげである。チート能力に感謝だ。


「私にはさっぱりだ。これでは素材を集められないな。おおっぴらに鑑定済みの品質の高い素材を集めるのは問題がある」

「ウィンスレット家で管理する遺跡にはあるんじゃないですか? 師匠の図鑑には書いてありましたけど」

「そうだな……」


 グレン様は少し考え込んだあと、意外な提案をしてきた。


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