25.仕様決め
差し出された紙を見てわたしは思わず言葉に詰まった。
「どうだろうか? 一生懸命書いたんだが……。これだけあれば良い剣が作れるのでは?」
グレン様は褒めてくれと言わんばかりの表情だ。
「……あの、これって……」
「理想の剣を書き出しみた」
「えっと、これを実現するのは難しいかと……」
この人は武器マニアなのかしら、と思うほど色んな要望が書いてある。さらっと読んだだけでもこれを形にするのは難しいと感じた。
必要なのは大会で優勝するための剣のはず。
グレン様は少し残念そうな顔をしているが、そのまま話を進める。現実的な落としどころを探さないといけない。
「まず、確認なんですけど、大会のルールを教えていただけますか?」
「大きなところは観客に危害を加えてはならない。魔法は決められたもののみ使用可。魔道具の使用は剣のみ可能。基本的には剣の腕で勝負、と言ったところだろうか。あと、対戦相手を殺すのも駄目だ」
わたしは言われたことを咀嚼し、考える。
――やっぱり、ゴテゴテしたものって要らなくない?
「うーん、この大会で勝つ為の剣ならシンプルな方が良いと思いますよ」
「何故だ?」
「基本は剣の腕で勝負なんですよね? 余計な機能をつけて使おうとすると隙が生まれませんか? 今までの大会も同じルールなら変わった剣を使う人は殆どいなかったと思いますけど……」
「確かに……。だが、今回はわからない。名のある鍛冶師と共に魔道具師が囲まれている」
「それでも、相手の魔術的な攻撃を防いで、身体強化するような丈夫な剣がベストだと思います。魔法的な攻撃を無効化すればいつもの戦いと一緒ですから。純粋な剣の腕では負けることは少ないのでしょう?」
「……うーん。それは一理あるな」
「新しい武器に慣れる時間を確保して、情報収集して敵がどのような戦いをするのか研究した方が良いかと」
「情報収集か……」
「それは第三王子殿下にお願いして得意な方にお任せすれば良いかと。錬金術で作った剣であれば、敵は真似をするのも対策をするのも難しいと思いますよ」
グレン様は少し考え込むと顔を上げ「わかった。エルザ嬢の言うとおりにしよう」とわたしの提案に了承してくれた。
「では、グレン様の剣を貸していただけますか? それは使い慣れたものですよね?」
「何に使うんだ?」
「レプリカを作ります。新しく作る剣も今の剣と同じようなものの方が馴染みが良いでしょう? いつも使っている普通の剣と思わせた方が相手も油断するでしょうし」
「確かに……」
「こういうとき、錬金術って便利ですよね」
「あぁ」
わたしはグレン様から剣を借りる。鞘から剣を抜き、全体をじっくり眺め、重さと質感を確かめた。
――重さは結構あるわね。良い剣だわ。素材も作った人の腕も良い。
わたしはグレン様の剣と錬金粘土を錬金釜に入れて魔力を流し、剣だけを取り出した。これで錬金釜と錬金粘土にグレン様の剣を記憶させることができた。インゴット、中和剤、錬金触媒を加え、杖で魔力を流しながら丁寧に錬金釜をかき混ぜる。
――グレン様の剣をしっかりイメージして……。
錬金釜に入れた素材が溶け合い混ざりあっていく。わたしのイメージと魔力で新しい形ができてくる。
ぐるぐるとしっかり錬金釜をかき混ぜていくと錬金釜を包んでいた光が収束し、グレン様の剣のレプリカが完成した。
「どうでしょうか?」
「すごいな……。重さも質感も瓜二つだ」
「全く同じというわけではありませんが、良い感じに似せられたと思います。実際に切ってみると違いがわかると思いますよ。完成品はこの形にしますね」
「あぁ。これなら慣れるの時間が短くてすみそうだし、相手も油断させられる」
「では、仕様が決まったということで書類を作成します。素材を入手してほしいのですが、大丈夫でしょうか? しっかりした剣を作るとなると手持ちの素材では無理です」
「わかった」
わたしはグレン様を見送り、書類の作成に取りかかる。必要な素材をリストアップするため、図鑑を広げた。
師匠が作った図鑑は色んな素材について書かれている。師匠は幼い頃から色んなところに素材を入手しに出掛けていたらしい。一時期はそんな生活も出来なかったようだが、師匠の残したデータは膨大だ。
――師匠の師匠から引き継いだものもあるとはいえ、すごい量よね……。わたしも早く一人前になりたい。遺跡探索ができるようになれば、わたしの図鑑も充実するかしら。
「駄目だ。余計なことを考えてないで集中しないと」
わたしは気合いを入れ直して書類の作成を続けた。
***
翌朝、グレン様がまた訪ねてきた。
わたしは作成した書類を手渡して、書類の確認をお願いする。抜けは無いはずだ。
「おはようございます。早速ですが、書類のご確認をお願いいたします」
「わかった」
わたしは簡単な調合をしながらグレン様の確認が終わるのを待った。
視線を感じ、後ろを振り返るとグレン様が少し離れたところに立っていた。
「エルザ嬢、確認が終わった。問題ない。サイン済みだ」
「ありがとうございます」
「これは私の依頼なので殿下のサインは不要だが、状況はお伝えしたい。これを送ってもらえないだろうか」
グレン様は手紙をわたしに差し出してくる。
――なんだか、すっかり活用されているわね。この転送装置……。
「わかりました。では、素材の採取をお願いしますね。こちらのリストに採取できるところも書いてあります。購入できるものなら購入していただいても構いません。品質はなるべく良いものをお願いします」
「わかった。それで……」
グレン様は何か言いたげだ。
――もしかして……。
「お菓子ですか?」
グレン様は恥ずかしそうに「……あぁ」と答えた。
――本当にどれだけお菓子が好きなのよ……。わたしはお菓子やさんじゃないのだけど。




