22.お片付け
魔物寄せの香が起動するとお香から甘ったるい匂いの煙が立ち上っていく。甘ったるい匂いは安全のためにつけたもので魔物を寄せる効果があるわけではない。効果がでていると知らせるためだけのものだ。
「そろそろ効果が出てくるので警戒してください。その甘い匂いがお香の効き目が出ている印です。身体に害はありません」
「わかった」
グレン様は剣を構え、周囲を警戒し始める。わたしも周囲に意識を集中した。
一匹、また一匹と魔物が近づいてくる気配がする。
――効果が出始めたみたいね。
わたしたちの視界に入ったウルフがグレン様を認識すると勢いよく襲ってくる。
ザシュッっと斬り伏せる音がしたと思ったらあっという間にウルフは死体になっていた。首を切ったようで周囲に勢いよく血が飛び散り、綺麗に形を残したまま地面に横たわっている。
これぐらいでは鍛錬にもならないといった感じだろうか。
――さすがは騎士団長ってところかしら。弱い魔物だけど、綺麗に倒してくれたから良い素材が取れそうだわ。
これからはウルフの血の匂いでさらに魔物がよってくるはずだ。
その後もどんどんウルフがやってきてグレン様は鮮やかに切り倒していった。魔物寄せの香の効果だけでなく、遠吠えなどで別の魔物を呼ぶのできりが無い。それでもグレン様は危なげもなく対応していた。
一時間ほどが経っただろうか。グレン様にはまだ余裕がありそうだ。まだ魔物は群がってくるだろう。
それからさらに一時間。先ほどまでと変わらずグレン様は魔物を斬り伏せていた。全く息は乱れていない。黙々と敵を倒していく姿にわたしは感心する。
――すごく綺麗な剣だわ……。かなりの時間戦っているはずなのに、まだまだ余裕そう。本当に強い人なのね。
「なぁ、エルザ嬢。これはどれだけ続くんだ? まだ香の効果は続いているようだが……」
さすがにこの状況に飽きてきたのかグレン様は口を開いた。
確かにわたしもそろそろ疲れてきた。見ているだけとはいえ、不安定な状態でずっといるのも疲れる。身体が痛くなってきたし、そろそろ地面に降りたい。
「そろそろ切れるはずです。でも、魔物の血の匂いでお香の効果が切れてもしばらく寄ってくるかもしれませんね」
「……そうか」
「疲れましたか? 下に降りてお手伝いしますか?」
「いや、まだ大丈夫ではあるが……。だが、こんなに寄ってくるなんて聞いてないぞ」
「具体的な時間とかは聞かれませんでしたし、魔物を寄せるって言ったのでこれくらいは想定内かと……」
「それはそうだが……」
「とは言え、そろそろ終わりにしたいですよね。この死体の山を片付けるのも大変ですし」
「これを片付けるのか……」
グレン様は魔物の死体の山をみてげんなりしている。一度に数匹倒すこともあり、死体の数は百は余裕で超えているだろう。わたしからするとお宝の山なのだけど。
「まぁ、そろそろこの辺りの魔物も狩り尽くしそうな感じですし」
わたしはひょいと地面に飛び降りると、魔物寄せの香を回収した。周囲から甘い匂いが消える。
お香の効果は切れたが、血に呼ばれて魔物が来る可能性があるためこのままでは回収作業ができない。わたしはそのまま魔物よけのお守りを設置した。
「これでもう寄ってきません」
「はぁ……。これでやっと終わりか」
最後の一匹を倒すとグレン様は一息つく。グレン様も周囲もひどい状況だ。気の弱い女性には見せられない。いや、男性でもきつそうだ。
グレン様は途中までは返り血を浴びないように戦っていたが、余計な体力を消耗しないようにするためか、普通に倒すようになっていた。まるで、殺人鬼だ。
「これから死体の処理ですね」
「そうだったな……」
「休んでいてください。汚れを落としてきてはどうでしょうか? そのままでは村に入るのはちょっと……」
「お言葉に甘えてそうさせてもらう……」
わたしは鞄から作業用の合羽を取り出して羽織る。解体用の手袋をはめ、作業にとりかかった。
毛皮に骨に肉、大量の魔石に、スライムゼリー。ロック鳥やコウモリなどよりどりみどりだ。
わたしはうきうきしながら素材を回収していく。
――珍しい特性のものはないかしら。あっ、これはかなり属性値が高いわ!
作業に没頭していると「ずいぶんご機嫌だな」と声をかけられた。
グレン様は水浴びをしたらしく、さっぱりした様子だ。簡単な着替えも持ち歩いているらしい。なんと用意のいいことだろうか。
「わかります?」
「あぁ、鼻歌まで歌っていたからな」
「歌ってました?」
どうやらかなり浮かれていたらしい。
――恥ずかしいんですけど……。でも、仕方ないわ。思いがけず、こんなに素材を集められるなんて浮かれちゃうわよ。
「手伝おうか?」
「いえ、せっかくさっぱりしたのに悪いです。もうすぐ終わるので大丈夫ですよ」
素材はあらかた採り終わったので、あとは燃やしてしまうことにする。死体の状態が悪いものや、素材として価値がないものは採取しても仕方がない。
わたしは採り終わった残骸を一カ所に集め、油をかけて火をつけた。この油は錬金術で作ったものなのでよく燃えるし、消すのも簡単だ。
わたしは残った灰も瓶に詰めて鞄にいれた。採取はこれで良いだろう。
「あとは……」
わたしはグレン様の方に向き、傘を渡した。グレン様は不思議な顔をする。
「これは?」
「傘です」
「それはわかる。何のために?」
「雨が降るので傘をさしてください」
「??」
わけがわからないという顔をしながらもグレン様は傘をさした。
わたしは鞄から雨乞いの石を取り出す。こちらももちろん錬金術で作ったものだ。使用すれば100%ではないが、雨雲を呼び、雨を降らせることができる。
グレン様が大量に魔物を倒したことで魔物の血や体液が飛び散っている。このままにはしておけないので片付ける必要がある。
わたしは雨を呼んで周囲を洗い流す。雨はわたしの合羽についた汚れも軽く洗い流してくれた。しっかり洗うのは帰ってからだ。
これで、ここに魔物が寄ってくることはないはずだ。
「こんなものかしら」
グレン様は局所的に降る雨を見ながら「錬金術はすごいな……」と呆然としていた。




