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20.交渉

 ――考えたわね……。一体誰の入れ知恵なのかしら。あの、グレン様がこんなやり方を思いつくなんて思えない。完全にやられたわ!

 わたしは自分のベッドの上で枕を抱え、枕に自分の気持ちをぶつけていた。ポフポフとホコリが舞う。


 わたしのグレン様に対する印象は良い人だけれど、ちょっと抜けていてせっかちな人だ。第三王子の側近を務めているのだから抜けているなんてことはないのかもしれないけれど、まっすぐな人で周囲の人を利用するような人には思えなかった。


「これは逃げ切るのは無理かな……」


 わたしはよそ者だということもあり、村の人のお願いをはねのけることが難しい。いや、断れるが、なるべく断りたくないのだ。

 わたしにとってこの村は大事だし、村のみんなにはとてもお世話になっている。そんな人たちの期待を裏切りたくない。

 村の人たちがこれだけグレン様を慕うということはとても良い人なのだろう。自分の印象だけでその人を決めつけるのは良くない。良くないのだけど、素直に納得はできない。

 特にグレン様の相談に乗っているリラは困っているだろうし、がっかりするだろう。

 ――リラにはがっかりされたくないな……。

 そうであれば必要なのはせめて自分が納得できる条件を引き出すことだ。

 わたしはどんな条件であれば妥協できるのかを考えることにした。



 わたしは気持ちを切り替え、机に移動した。条件を書き出しながら自分の気持ちを整理していく。

 人殺しの兵器になるようなものは作らない。貴族とは極力関わらない。グレン様の実力を確認する。第三王子の人柄を確認。村の人には不利益になるようなことはしない。


「あと、出来れば珍しい素材は欲しいし、遺跡とかアーティファクトは興味あるな……」


 色々と考えるとわたしはいっぱいいっぱいになり机の上に突っ伏した。そのまま視線を錬金釜に向ける。


「……師匠はなんて言うのかな……。これも修行なの?」


 不安になりぽつりと弱音がこぼれる。ちゃんと一人でやりきれるのだろうか。今の生活を守りきれなければ師匠にも、きっと村にも迷惑をかけてしまう。


 ぼんやりとすごしていると来客を告げる鐘の音がした。

 カランカランカラン。きっとグレン様がやってきたのだろう。


「はい。今いきます」


 ドアを開けると予想通り、グレン様だった。


「やぁ、依頼の品の報酬を持ってきた」


 グレン様は少しぎこちない笑顔だ。まだ、作戦がまとまっていないが、ルナ姉から話を聞いて急いでやってきたのかもしれない。


「どうぞ、お入りください」

「あぁ」


 わたしはお茶を出し、グレン様の言葉を待つ。


「これが報酬だ。確認してほしい」


 そういってグレン様はわたしの前に報酬を並べ、明細も渡してきた。

 目の前の出来事にわたしの表情は段々引きつっていく。


「あの……何かの間違えじゃないですか?」

「少なかっただろうか」

「逆ですよ。多過ぎです。何ですか、この大量の金貨。それに加えて素材まで」

「第三王子殿下のお気持ちだ」

「上限、設定しましたよね?」

「お菓子の代金が含まれている。お菓子の報酬に上限は設定されていない」


 そんなのはへりくつだ。


「グレン様からお菓子の代金はいただいております」

「先ほども言ったが、これは第三王子殿下のお気持ちだ。殿下は錬金術で作ったアイテムだけでなく、お菓子もとても気に入っておられた。受け取って欲しい」


 グレン様も譲る気はないらしい。第三王子の命令なら仕方がないのかもしれない。

 わたしは面倒なやりとりをすることを諦めた。


「わかりました。こちらは受け取ります。わたしの仕事内容を気に入っていただけて嬉しいです。お菓子の方を評価していただけたのかもしれませんけど」

「いや、殿下はどちらも気に入っておられた。錬金術師としてもお菓子職人としても専属として迎えたいと仰ったくらいだ」


 わたしの言葉にグレン様が慌てる。やっぱりグレン様らしくないやり方だと思った。それにしてもお菓子職人として雇いたいとは何かがおかしい。この国の国民は皆お菓子に執着するのだろうか。


「そうですか。お菓子と錬金術を同列に並べられて錬金術師としては少々残念ですが、喜んでおきます」

「あぁ」


 わたしたちの間に沈黙が流れる。


「それで、次の依頼の話なのだが……」

「……わたしの条件をのんでくれるなら良いですよ」


 グレン様の顔に驚きが広がる。まさか、わたしがこんなに簡単に了承するとは思わなかったのだろう。


「本当か? あんなに嫌がっていたのに……いや、助かる!」

「ちゃんと条件を飲んでくれるなら、です。それに、上手くできる保証はありません」

「あぁ、条件を言ってくれ」


 わたしは考えつく条件をグレン様に提示した。グレン様はわたしの話を書き留めていく。


「あの、失礼な話だとは思うのですが、グレン様の腕前はどのようなものなのでしょうか? 実力の無い方に過分な剣をお作りすることはできません。危険ですから。騎士団の一つをお任せされているのであれば実力は確かなのでしょうけど……」

「確かにあんな姿を見せられていては不安だろうな。自分で言っても証明しようがないのだが、正直評判は良いと思う。腕前はこの国で五本の指に入ると言われているし、剣術大会では何度か優勝している。それもあって、今回妨害があったんだが……」

「そうですか」

「近いうちに実力を見せられるように努力しよう」

「わかりました」

「おそらく、出された条件は第三王子殿下も了承されると思う。手紙にするので、あの転送装置を使わせてもらえないだろうか?」


 話を早く進めるには転送装置を使うのが一番だろう。こういうときの為につくったもののはずだ。わたし自身も試運転をしてみたい。


「構いませんよ。わたしの方は急ぎませんのでゆっくりご準備ください」


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