2.アトリエの日常
わたしの名前はエルザ。この小さな村で錬金術師をやっている。少し前まで師匠と一緒に生活していたのだけど、「そろそろ一人前ね。一人でアトリエを切り盛りするのも修行よ」とわたしを残して旅に出てしまった。
まだまだ駆け出しだけれど、このアトリエを任されている。
錬金術師といえばこの立派な錬金釜。これがなければ錬金術はできない。この錬金釜には不思議な液体が満ちている。液体といっても本当に液体なのかどうかもよくわからない。
錬金釜に素材を入れ、作りたいものをイメージして杖で魔力を流しながらかき混ぜていくとアイテムができる。
錬金術には特殊な才能、適切な素材の選定、イメージ力、魔力が重要だ。有り難いことにわたしは色々と運が良いらしく、才能に恵まれているらしい。
錬金術の才能に加えて、わたしは普通の人には視えないものがいろいろと視えるのだ。それによってイメージを具体化しやすく、珍しいものも作ることができる。
わたしは今この錬金釜で調合中だ。急ぎの依頼はないので、錬金術の材料を作っている。良いアイテムを作るには調合に使う素材の品質を揃えたり、しっかりと加工したり、触媒になるものや中和するものを用意する必要がある。
わたしは純度の高い綺麗な水を作るために素材を入れてぐるぐると杖で大きな釜の中をかき混ぜていく。この錬金釜は不思議なことに錬金術の才能が無い者が杖で魔力を流すと液体が消え、何も起こらない。
原理はよくわかっていない。錬金術の才能が無ければろくに研究もできないのに、そもそもその才能を持っている人が少なく、そういった研究は進んでいない。
実際には錬金術師の卵はもう少しいて、才能を持っていることに気がついていない人が多いのかもしれないけれど。不用意に広めたくなくて研究されていないのもあると思う。
本当に不思議な釜だ。
ぐるぐるぐるぐる。仕上がりをしっかりイメージしながら丁寧に魔力を流していく。錬金釜の中でイメージしたものが形になっていく感覚がする。わたしはこうやって新しいアイテムを生み出していくのがたまらなく面白い。
「よし、良い感じね」
出来上がった純水を視て確認したが、良いものが出来上がった。これと同じものを作っていく。
調合を進めているとカランカランと来客を告げる鐘の音がした。
「エルザ、いるー?」
声の主はこの村に住むわたしの友人のリラだ。歳も同じで仲が良い。わたしと同じ茶系統の髪の色に背格好も似ている。リラの方が落ち着いた茶色だけど、村の外の人にはたまに姉妹に間違われるくらいだ。
わたしはこの村の生まれではないので付き合い自体はそんなに長くないけれど、とても仲が良い。
リラは一人暮らしになったわたしを心配してよく様子を見に来てくれる。
「いるよー。入ってー」
「よかった。お邪魔しまーす」
「何か急ぎの依頼?」
「そこまでではないけどあると嬉しい感じかな。あれ? 出掛けるところだった?」
わたしの格好を見たリラが申し訳なさそうな顔をする。今のわたしは採取に出掛けるときの格好だったからだ。採取してきたものをちょっと加工するだけ、と思いながらつい錬金術に必要な素材を調合してしまっていた。
「ううん。今朝、採取に行ってきて、そのまま素材を加工したりしてただけ」
「もうとっくにお昼の時間は過ぎてるけど。まさかずっと錬金術に没頭してたんじゃないでしょうね?」
リラの言葉にギクリとする。わたしの顔を見てリラはやっぱりといった顔をした。
「やっぱり! もう、こんなことだと思ったわよ。はい。スープとサンドイッチ持ってきたからちゃんと食べて」
「リラ、ありがとー。やっぱり持つべき者は友人よね」
リラは「ありがとーじゃないよ」と呆れている。
「エルザ、料理上手いんだし、一人暮らしなんだからちゃんとしないと駄目だよ」
「うーん。どうしても一人だとね……」
「気持ちはわからなくもないけどさぁ」
こうやって世話を焼かれているから姉妹に間違われるのかもしれない。もちろん、リラの方が姉だ。釈然としないけど……。
リラのお小言を聞き流しながらわたしは「お茶飲むよね? お菓子は何が良いかなぁ……」とお茶請けのお菓子を探す。
「ありがとう。じゃあわたしはお茶の準備するね」
「あ、プリンあるけど食べる? 丁度良い感じに冷えてると思う」
「プリン? 嬉しい! 錬金術で作ったの?」
プリンと聞いてリラの顔がぱぁっと明るくなる。リラはわたしの作るプリンが好きなのだ。
「普通に作ったやつだよ。頼まれてた冷蔵庫のテストも兼ねてたし。普通の人は錬金術で料理は作らないからね」
「そりゃそうか。でも、こうやって身近に作ってくれる人がいて本当に助かる。便利な魔道具なんて都会で結構なお金を払わないと無理でしょう?」
この村は田舎だが、昔から錬金術師がいるため、生活水準が高い。
「本当に錬金術様々だよね。師匠が色々と便利なものを持ち込んでくれたんでしょう? 本当にすごいよ、師匠。わたしとしてはこの村に魔道具師がいなくて助かる。競合相手がいたら大変だもの」
「魔道具師になるような人は修行に出ちゃったらもう戻ってこないよ。こんな田舎じゃ商売にならないし……。サラーサさんはお父さんも錬金術師だったみたいだし、やっぱり才能って遺伝なのかしら」
「うーん。どうなんだろうね。はい。プリンだよ」
わたしはこれ以上、話を広げたく無かったので適当に話を流してプリンを置く。出されたプリンにリラはすっかり夢中だ。研究に研究を重ねた特製のレシピで作った自信作。きっと満足してもらえるはず。
「わぁ……。見た目からしてやばいんだけど」
「今日はなめらかプリンにしてみましたー」
「エルザ、わかってる……」
「ふふん。リラはそろそろなめらかプリンの気分かなと思ってね。冷蔵庫で何を冷やそうか考えた時にプリンをリラに食べてもらおうと思ったの。今回もかなりの自信作よ」
「エルザ、愛してる……!」
リラは喜びのあまりわたしに抱きついてきた。リラが喜んでくれてわたしも嬉しい。
「お茶が冷めないうちにどうぞ! と言っても淹れたのはリラだけど……。サンドイッチとスープ、いただくね」