19.グレンの作戦
依頼の品をグレン様に納品してからは平和な日々が続いていた。
わたしはいつ支払いにくるのかしら、などとのんきに暮らしている。なんなら手紙の転送装置のテストを兼ねて送ってくれれば良いのに。
結局、手紙の転送装置の片割れはここに置かれている。けれど、まだ手紙を運ぶという仕事はしていない。
「本当はちゃんと直接納品に行って、テストすべきだったのよね……」
わたしは手紙の転送装置を眺めながら重たい気持ちになった。わたしは王都にはいけない。
直接、依頼人とも会話していない。
ちゃんと目で視たから出来上がった品には問題は無いはずだ。しかし、動かしてみると何か問題があったり、使いにくいところがあるかもしれない。事情があるとはいえ、錬金術師として無責任ではないだろうか。
――本当に自分は未熟だわ……。
……気分を変えよう。
たまには依頼を受けに行くのも良いかもしれない。そう思ったわたしはギルドの出張所に行くことにした。
――ルナ姉は元気かしら。最近、顔を出していなかったから怒られそう……。
この村には一応、依頼を取りまとめるギルドの出張所がある。利用者は殆どいないので食堂が片手間にやっている感じだ。
わたしは宿屋の食堂に向かった。
「ルナ姉、いる?」
ルナ姉は宿屋の娘で主に食堂で働いている。綺麗で頼れるお姉さんだ。この村ではルナ姉がギルドの窓口を担当してくれている。ちなみにリラもたまにこの食堂を手伝っていて、この食堂の料理は評判が良い。
この村にギルドの出張所があるのはきっと昔から錬金術師がいるからだろう。錬金術師はたまに素材採集の依頼をしたり、素材や調合したアイテムを納品したりしている。村人が村の周辺で採れる素材を納品することもある。
わたし自身はたまにお金を稼ぐために納品したり、周辺では採れないものを依頼したりしている。とは言え、この村の人が依頼してくるのは日用品ばかりで珍しいものが必要になることはそんなにない。
ルナ姉は笑顔で迎えてくれた。
「あら。エルザ、いらっしゃい。今日はどうしたの? 久しぶりじゃない。ちゃんとたまには顔を出しなさいよ?」
「最近、ちょっとバタバタしていて……。今日は何か依頼がないかなと思ってきたの」
グレン様と遭遇したあと、なんだかんだとアトリエに籠もることが多かったのだ。
「うーん、そうねぇ……」
ルナ姉は依頼が書かれた紙の束をめくっていく。
「どういったものが良いとかある? アイテムの納品系? 素材の採取系?」
「納品系がいいけど、手持ちの素材でできるものなら……って感じかなぁ」
「だったら……あ、そうそう。今、グレン様が泊まってるのよ。エルザ、グレン様の依頼受けてるんでしょう? こっちに顔をださないのも納得だわ。今は余裕が出来たのかしら。とは言え、あまり難しいものは受けられないわよね」
――うん? グレン様……?
ルナ姉は依頼を物色しながらとんでもないことを何事もないかのように話してくる。
「え? グレン様が来てるの?」
「えぇ。知らなかった? 昼間は出掛けているからてっきりエルザのところに行っているんだと思ってたわ」
「来てないです」
村に来ているなら依頼料の支払いに来てくれれば良いと思う。なぜ、来ないのだろうか。
わたしの顔をみたルナ姉は何かを察したようだ。
「多分だけど、どうやって次の依頼を受けてもらおうか考えてるんじゃないかしら?」
「え? 何か知っているんですか?」
「次の依頼、エルザが難色を示しているんでしょう? どうやったらエルザを攻略できるかリラに相談してたわよ」
――リラ……あなたは誰の味方なの?!
リラから攻略しようだなんて卑怯だ。わたしの反応を見て、ルナ姉は余計なことを言ってしまったという顔をする。
「あー……言っちゃ駄目だったかしら……」
「ルナ姉、ごめんなさい。今回は依頼止めておく」
「そ、そうね。グレン様がどんな依頼をしてくるかわからないし、身体は空けておいた方が良いわよね」
「その感じ、ルナ姉もグレン様の味方なの?」
「べ、別に味方とかはないわよ。グレン様が可哀想だなぁって思うだけで……」
「もう味方じゃない!」
わたしがむくれるとルナ姉が必死になだめてくる。
「そんなことないわ。エルザが嫌なら受けなくて良いし。でも、グレン様のお望みも叶って欲しいし、良い妥協点があると良いなって思って」
ルナ姉がこういう風に言うということはおそらく他の人もこの状況を知っているはず。グレン様は村人を味方につける作戦のようだ。わたしもうかうかしていられない。アトリエに戻って対策を考えないと。
「ルナ姉の気持ちはわかったよ。わたしはもう帰るね」
「エ、エルザ? 怒らないでね?」
「怒ってないよ。色々と考えないといけないと思っただけだから」
わたしが頑張って笑顔で言うと、ルナ姉は「だから、その笑顔が怖いのよー」と困った顔をする。
「じゃあまたね」
「うん、今度はゆっくりしていって」
わたしは急いでアトリエに戻った。




