17.納品
わたしは調合が終わったあと、完成した依頼の品の説明書を作成した。
簡単にアトリエを片付けてからグレン様を呼びに行こうかと考えたが、ふと手を止める。
時間はすでに夜。夕飯はとっくに終えているような時間だ。
――こんな時間に呼びに行っても良いのかしら。
「とりあえず空気の入れ換えをしよう」
わたしは一日中閉めたままだった窓を開けた。外に人の気配がする。向こうもわたしに気がついたようで窓に近づいてきた。
窓の外から声をかけられる。
「エルザ嬢」
「グレン様?」
「調合は終わったのだろうか?」
「えぇ……どうしてここに?」
「進捗が気になって……。リラ嬢が今日には終わると言っていたからな」
「さきほど終わったところです。今日はもう遅いので明日伺おうかと思っていました」
「今から受け取っても良いだろうか」
「構いませんけど……。このまま会話するのも何ですから玄関からお入りください」
このままの状態で会話を続けるのは憚られる。
疲れてはいるけれど、さっさと終わらせてしまうのも悪くない。わたしはグレン様をアトリエに招き入れた。
「こちらが依頼の品です」
わたしは錬金術で作った依頼の品をグレン様の目の前に置いた。グレン様の視線が依頼の品に集中する。真剣な顔だ。
「これが……」
「簡単に説明しますね。説明書をご覧ください」
「わかった」
「腕輪の方には毒耐性と軽い身体強化の特性を持たせています。いざというときに瞬発力を発揮できるかと思います。攻撃を受ければ障壁で守ってくれますし、この魔石に魔力を流せば狙ったものを氷漬けにできるはずです。ちょっとコントロールにコツがいるかもしれませんので、少し練習した方が良いと思います」
「わかった」
「次に手紙の転送装置ですが、こちらはまず第三王子殿下の血と魔力で使用者を登録してください。手紙の転送にはこちらの魔石と登録者の魔力が必要になります」
「待ってくれ。使用者が限定されるのか? それにこの魔石は錬金術で作った……」
「そうですね。わたしから魔石を購入し続けないといずれ使えなくなります」
わたしは笑顔で答えた。
「どうしてそんな制約を……」
「使用者を限定するのは防犯面でも必要だと思いますけど……。仕様書にも書いてありますよね。転送装置を繋ぐのに魔力がいるって」
「うっ……」
この人はちゃんと仕様書を読んだのかしら。仕様書には防犯性を重視し、制約があって無制限に送れるものではないと書いてあるし、それでサインももらっている。
離れた二カ所を繋ぐのだからわたしの魔力も必要だ。
「いや、使用者を限定するのは問題ない。問題なのは転送するのに必要な魔石だ」
「こちらも仕様書に……」
「いや、てっきり魔力で動くものだと思っていたんだ」
「魔力で動かしますから間違っていないと思いますよ。それにわたしに任せると仰っていたじゃないですか」
「それはそうなんだが……魔石の値段と供給量……」
「そもそもですけど、普通、手紙を送るのにお金かかりますよね? 転送装置で文書や音声を送る場合はもっと膨大なコストがかかるはずです」
普通に手紙を送るのに送料も時間もかかる。そこをすべてカット出来るなんてそんな上手い話はない。
「あぁ……」
「錬金術は万能じゃありません。不自由さもあります。動力無しに無限に動くっておかしいですよね? 瞬時に届くんですよ?」
「あぁ……」
「ここに装置を置きたいと言ってましたけど、ずっとわたしのアトリエに何か送られてくるんですか?」
「その……」
「防犯面でもこの運用がベストですよ。二つそろわないと動かないんですから」
「確かに……」
「そして、定期的に魔石を購入する形にすることによって、持続的な事業の継続とアフターフォローが可能になります!」
継続的に集金できる仕組みは商売の基本だ。この手の商品は納品して終わりだと事業として成り立たない。
お父様の顔が脳裏に浮かぶ。
若干、グレン様が引いているような気もするが気にしない。
「それは確かにそうだな……」
「えぇ、そういう仕組みにしないと商売あがったりですから」
「……金儲けに走ってはいけないのではなかったのか?」
「相手は王族ですし……。こういった世の中に影響力が高くて悪用できそうなものはちゃんとその後もフォロー出来るような仕組みが必要だと思いませんか? 必要経費なんですけど……」
「……理解した」
「ご理解いただけて良かったです」
わたしはグレン様の回答にニコリと微笑む。頻繁に手紙が送られてくるのを防ぎたいというのが本音だがそれは黙っておくことにした。
「説明はこんなところでしょうか。何かご質問はありますか?」
「いや、大丈夫だ」
「いったん、片方はここにおいておきますけど、いつでも引き取ってもらって構いません。その場合はちゃんと設定し直します」
「いや、ここに置いて欲しい」
――やっぱり、駄目だったか……。意外と頑なよね、この人。
わたしは心の中で舌打ちした。
「で、作業が終わったならこれから食事でもどうだろうか? と言ってもこの村の宿の食堂だが……。お礼をさせてほしい」
「いえ、遠慮します」
わたしは笑顔で即答した。
「即答……」
「疲れてるので、今日はこのままもう休みたいんです」
グレン様と食事なんて目立つことはしたくない。それに休みたいのは本音なのだ。
「わかった……。お礼はまた改めて」
「いえいえ、お気になさらず」
わたしは心の中で『余計なことはしないで』と付け加えた。
――きっと伝わらないんだろうな。
「納品書と請求書は同じ封筒に、説明書はこちらの封筒に入れておきますね」
「あぁ。また来る」
「はい」
来ないで良いんだけどなぁと思いつつも代金は回収しないといけないのでまたの訪問を待つことになる。
――さすがに踏み倒しはしないわよね?
もう限界だ。ぐったりと疲れたわたしは食事は後回しにしてとりあえず寝ることにした。




