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15.調合開始

 グレン様の喉がゴクリとなった。


「チーズケーキ……」


 わたしの提案に『ぜひ食べたい』と言わんばかりにグレン様の表情が明るくなる。とても嬉しそうだ。


「わかりました。少々お待ちください」


 しっかり冷えた、濃厚なチーズケーキをグレン様にだす。かなり期待に満ちた目だ。

 ――そんなに? よっぽどお腹がすいていたのかしら。移動で疲れたのかもしれないわね。


「どうぞ。お口に合えばいいんですけど……」

「いただくよ」


 そんなに期待されると少し緊張してしまう。

 早速、チーズケーキを一口口にするととても良い顔をする。二口目以降はとても大事そうに食べていた。

 ――こんなことを思うのは失礼かもしれないけれど、仕方がない人ね。

 初対面では嫌な人だと思ったけれど、ちょっとだけ可愛い人に思えてくる。


「お口にあったようで良かったです」

「あぁ、これもかなりの絶品だ。チーズケーキとはこんなにおいしいものだっただろうか。これも持ち帰りたい」

「それはまだ試作品なんですよ。一応、リラが気に入っていたのでお出ししましたけど」

「これで試作品……?」


 グレン様が驚いた顔をする。


「そもそも、うちは錬金術のアトリエでお菓子やじゃありませんから。売り物というわけでも……」

「言われてみればそうだな」


 言われなくても忘れないでほしい。


「それで、今日いらっしゃったのは……」

「あぁ、すまない。本題に入ろう。殿下からサインをもらってきたので、作業に取りかかって欲しい」


 ――この人もリラと変わらないわね。目の前のケーキに夢中になってしまうなんて……。王族の側近としてどうなのかしら?


「こちらも仕様書の方を修正しました。こちらで良ければ手紙の転送装置も作成に入りたいと思います」


 わたしは修正した手紙の転送装置の仕様書をグレン様に差し出す。グレン様はじっくりを書類を確認し始めた。


 ――あ、ちゃんと真面目な顔。

 わたしはお茶を飲みながら書類の確認が終わるのを待った。


「問題ない。しかし、本当にこれができるのか? かなり難しそうに思えるのだが……」

「絶対にとは言えませんけど、問題無いかと思います」

「なら良い。ところで素材を持ってきている。殿下が命じられて急ぎで集めたものだ。少しは時間短縮になるだろうか?」


 そういってグレン様は鞄の中から素材を出した。貴重な素材がゴロゴロとでてくる。さすがは王族だ。

 素材とは別に立派な小箱もわたしのそっと目の前に置かれた。


「助かります。地金をどうしようか悩んでいたんですよ。王族が身につけるものと考えると見た目の高級感も大事ですし。この小箱はもしかして……」

「あぁ、殿下の私物の腕輪だ。これに似せて作って欲しい」


 小箱を開けると綺麗な細工の金の腕輪が入っていた。

 ――うわぁ、さすが王族が身につけるものだわ。とても綺麗……。

 とんでもなく高品質で高級な素材がふんだんに使われている。錬金術であれば貴重な金属の使用量を減らすことができるだろうが、この腕輪はそうではなさそうだ。


「お守りにするならすでに持っているものと思わせた方が良いですからね。現物と素材、とても助かります。これは揃えるのは難しそうです……。この腕輪はじっくり触っても?」

「問題無い。殿下は壊れても良いと仰っていた」

「いや、普通に壊すのは恐ろしいです」


 わたしは腕輪を手に取りじっくり観察する。意外なことに、腕輪の内側には品質の低い小さな魔石がはめ込まれていた。

 お言葉に甘えて腕輪を丁寧に撫でて細工の感触を確かめていく。錬金術でなければこのように細かい細工を再現することはわたしにはできない。

 ――こんなに高級な腕輪なのに、この品質の魔石は違和感ね。綺麗ではあるけれど……。思い出の品なのかしら。

 腕輪にはほんのりと弱い身体強化の効果が付与されているようである。せっかくなのでこの効果も入れることにした。


「どうだろうか?」

「はい。これから作業に入ります」

「見ていても良いだろうか?」


 グレン様は錬金術に興味があるのか、それとも監視なのかわからないが、調合しているところをみたいと言う。


「離れたところから見ていただく分には問題ありません。しかし、集中したいので話しかけたり集中力が途切れるようなことは止めてください。貴重な素材が無駄になってしまいますので」

「わかった」


 わたしはアトリエの作業机に向かう。仕上がりのイメージをより強固にするために、まずは腕輪のスケッチに取りかかった。 

 ――腕輪を作ったあとに身体強化を付与したのね。これをベースに作れれば楽だっただろうけど、こんな高級品を素材にはできないわ。


 次は素材選びだ。金にミスリル、触媒となる錬金粘土、複数の毒に解毒剤、氷の魔石と次々と素材を選んでいく。氷の魔石や錬金粘土などはすでに準備しておいたものだ。

 毒の一部はグレン様に用意してもらったものである。これと解毒剤を組み合わせて毒耐性を作る予定だ。

 さらにわたしは特殊な特性をもった素材が入っているコンテナから身体強化の特性をもった素材を探した。


「これなら属性も反発しないわね」


 手に取ったのは虹の貝殻だ。水辺で取れるもので属性も水。今回の素材と相性が良いはずだ。

 素材には不思議な特性をもったものがあるが、普通の人にはわからない。そういったものを判別する能力や特殊な魔道具が必要なため、特性の違う素材が気づかれずに同じ素材として流通していることも多い。


 わたしはまず、虹の貝殻から身体強化の特性を抽出する。虹の貝殻、中和剤、錬金触媒、純水を錬金釜にいれた。

 杖に魔力を流しながら錬金釜をかき混ぜていく。仕上がりをしっかりイメージしながらぐるぐると丁寧に混ぜていくと、身体強化の特性をもった純水が出来上がった。

 これも普通の人にはただの水に見えるだろう。


「良い感じに抽出できたわね。次は……」



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