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14.仕様書づくり

 再び起きると、そこは現実だった。夢の中でも集中していたからか疲れている。身体が若干重い。けれど、気力の方は充実している。異世界の興味深い知識を早く取り入れたいという気持ちでいっぱいだ。

 わたしはいつもどおり、ペンとメモを手に取り夢で視た内容を書き留めていく。清書はあとだ。とにかく、少しでも多く記録しないと。


「良い刺激になったわ。インスピレーションが湧いてきそう!」


 早く、作業に取りかかりたいわたしは作り置きのもので簡単に朝食をすませた。これから作業に没頭することを考えると朝食を抜くことはできない。


 わたしはノートに思いついたアイディアを書き出していく。その中で実現可能なもの、コスト、重要性などをランク付けしていった。

 依頼者にとって最高のものを納品したいとは思うけれど、高機能であればあるほど良いという訳ではない。

 作成者にとっての良いものと依頼者にとって良いものは違うのだ。今回は王族が依頼主だからコストはあまり考えなくて良いのかもしれないけれど、やはりバランスは必要だ。

 このあたりのバランス感覚も錬金術師としての腕前に関わるだろう。

 ――錬金術師としては性能とかを突き詰めてみたいけど……。


 必要な機能を絞り込み、仕様書に落とし込んでいく。

 時計をみるとお昼の時間はとっくに過ぎている。あっという間にかなりの時間が経過していた。

 細かい微調整は会話をしながら決める必要がある。これ以上の検討は無駄になる可能性が高い。


「こんな感じね。これで了承してもらいたいけれど、次はいつくるのかしら。まぁ、試作したり、素材を揃えたりしてれば良いし、気長に待ちましょう」


 わたしはかなり遅めの昼食をとり、夢で視た内容を整理しながら清書する作業に集中した。



 わたしはお菓子作りをしたり、調合に使う素材の準備をしながら日々を過ごす。夢で視た、新しいチーズケーキのレシピも試した。

 夢で視る日本と言うところの食材とこの世界の食材は割と共通しているけれど、こちらの食材で作れるようにアレンジが必要だ。

 ――あちらの世界ってスーパーに行けばいつも新鮮で品質の高い食材が簡単に手に入るのよね。

 なるべくコストがかからないように、簡単に入手できる材料で、と考えるとアレンジも大変だ。自分で作る分には材料を錬金術で作ったりとかもできるけれど、それではおいしいお菓子が広まらない。

 わたしはおいしい料理、おいしいお菓子に囲まれて生きていきたいのだ。レシピ開発をして、広めることにより、この村ではおいしいものが食べられる。食堂で食べられる料理もリラの差し入れもかなりおいしい。


 試作品をリラに食べてもらいながら、依頼の品の準備を進める。チーズケーキはもちろん好評だったがもう少し改良を進めたいと思う。



 三日後、グレン様がまた訪ねてきた。思ったよりもかなり早い。


「エルザ嬢、いるだろうか?」

「はい、少々お待ちください」


 わたしは作業の手を止め、出迎える。


「第三王子殿下からサインをもらってきた。この内容で作成してほしいそうだ。基本的に全て任せたいと仰っている」

「そうですか……とりあえずここではなんですからお入りください」


 わたしはグレン様をアトリエの中に招き入れた。


「先客がいたのか?」


 グレン様は人の気配を感じたらしい。確かにリラが来ていて改良版のチーズケーキを食べていた。食べ終わってもう帰るところだ。


「この村に住むリラが来ていますが、もう帰るところですよ」

「リラ嬢か」


 そんなことを話しているとリラがこっちにやってくる。


「グレン様、お久しぶりです」

「リラ嬢、邪魔してすまない」

「とんでもないです。もう帰るところでしたから」

「この間は助かったよ」

「お役に立ててよかったです」


 リラとグレン様のやりとりをみていると本当にこの人は悪い人ではないのかもしれないと思えた。

 ――領主の息子なのに村の平民に対してずいぶん丁寧な態度だわ。リラも笑顔だし。


「では、わたしは失礼します。またね、エルザ。ごちそうさま! すごくおいしかったよ」

「うん。またね」


 わたしはリラを見送った。


「お茶を淹れますね」


 わたしはリラの使った食器を下げ、お茶を準備する。わたしの様子をみてグレン様が不思議そうな顔をする。


「この家は普通にお茶がすぐに出てくるんだな」

「? 何かおかしいですか?」

「いや、この間は疑問に思わなかったが、普段からお茶を楽しんでいるようだなと。平民は日常的にこんな良いお茶を飲まないだろう?」

「そうなんですか? わたしはこれが普通なので……。お茶の時間は必要ですよ。師匠もわたしも貴族のお屋敷にいたことがあるからかもしれませんね。錬金術はかなり神経をつかいますから、気分を切り替えたりするのにお茶や糖分が欲しくなりますし」


 わたしにとっては当たり前の日常だったけれど、そうではなかったのかもしれない。わたしは意外な指摘に驚いた。

 リラがわたしのお菓子に夢中なのはこれまで日常的に食べることがなかったからなのかもしれない。

 グレン様が軽く咳払いをする。


「その、今日は何か甘いものはあるだろうか?」


 ――もしかして、今のはお貴族様的に遠回しにお菓子を出して欲しいってことだったのかしら。

 わたしが今回出したのはお茶だけだったから、がっかりしたのかもしれない。残されたお皿やリラとの会話から、リラに何かお菓子を出していたのはわかるはずだ。

 ちょっと面倒な人だな、と思いつつわたしは笑顔を作った。


「チーズケーキがありますけど、お食べになりますか? ずっしりとした重めのものですけど……」


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