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10.依頼なんて受けたくない

 あの失礼なお貴族様が帰った後、わたしはモヤモヤしていた。淹れたお茶はすっかりぬるくなっている。

 ――もう二度とうちに来ませんように! でも、間接的に嫌がらせされたらどうしよう……。わたしは出て行けば良いとしても、この村にひどいことされないかしら。さすがによそ者のわたしはともかく、領民にそんなことはしないわよね。



 カランカランと音がする。一瞬、あの男の人が戻ってきたのかと思ったけれど、これは知り合いが訪ねてきた音だ。気持ちを切り替えないといけない。


「はーい」

「エルザ、いる?」

「開けるからちょっと待って」


 訪ねてきたのはリラだった。 リラの顔を見ると安心する。


「どうしたの?」

「うん、お客様が来てたみたいだからちょっと心配で……」


 リラはわたしを心配してきてくれたらしい。


「とにかく入って。わたしも話を聞いて欲しかったの」

「うん。お邪魔します」


 わたしはお茶を準備し、作り置きのクッキーをお皿に並べた。

 いつもなら喜んでクッキーに手を伸ばすリラなのに様子がおかしい。

 

「あのさ、さっきグレン様が来てたよね?」


 リラは言いにくそうに口を開いた。


「うん。まさか領主様のご子息が訪ねてくるなんて思わなかったわ。あまりに失礼でびっくりしたわよ。自分の顔を知ってて当然って思ってるし」

「あー……あのね、ちょっと誤解があると思うんだ」

「誤解?」

「グレン様は失礼な人じゃないよ? 領主様たちはとても領民思いだし」

「そうなの? 依頼を受けないと税を重くするとか脅されたけど?」


 思い出すとイライラしてくる。


「それが誤解なの!」

「なんでリラがあの人を擁護するの?」

「めちゃくちゃ落ち込んでるグレン様と遭遇したのよ」


 ――え? それだけ?


「グレン様は最近は王都で仕事がお忙しいからこの村に来ることはなかったけれど、昔はよく来てくれたのよ。領主様たちは領民の生活に気を配ってくれるし。顔を知らない人はいないと思う」

「はぁ」

「エルザのところに行く前にもちょっとお話したんだけど、全然そんな感じじゃなかったし」

「そんな感じって何よ……」

「……わたしが何でも引き受けてくるとか、とても楽しい良い子だとか余計なこと言っちゃったから……。グレン様も勘違いしちゃって、断られるとは思ってなかったんだって。税の話とか完全に冗談だったのに」

「いや、領主とか王子殿下の名前出したら冗談にならないよ……」


 ――この地域はそんな冗談が通じる風習があるの?


「どんな感じで話したかはわたしにはわからないけど、実際にそんなことはあり得ないから皆笑って本気にしないの。多分、それくらい難しい報酬でも出せるって言いたかったんだと思う。結構、ユーモアに溢れた方々で色んな冗談言うのよ?」


 本当だった……。


「いや、笑えない冗談なんだけど……」

「とにかく、村にひどいことするような方々ではないの。冗談が通じなくて、恩人なのにお礼をするどころか怒らせてしまったって本当に落ち込んでて……」


 ――そんな冗談ってある? わたしが世間知らずなだけ? どれだけ不器用なの?

 あの人がこんなにも村人たちに慕われてるとは思わなかった。


「でも、武器を作れなんて依頼は受けられないわ。しかも大きな大会で使う為の剣よ? 目立っちゃうじゃない。ひっそり暮らしたいのに」

「依頼の内容を知らなかったとはいえ、無責任なこと言ってごめんなさい」

「リラは謝らなくていいよ。武器を依頼するなんて思わないでしょう?」

「でも、エルザがこの村に居づらくなったら……」

「大丈夫だよ。錬金術があればどこでもやっていけるだろうし」

「そんなこと言わないで。エルザにはずっとここにいて欲しい」


 リラは本当に優しい。涙ぐむリラをわたしは大丈夫だよと必死になだめた。



 結局、リラはクッキーに手をつけなかったので、持って帰ってもらった。クッキーを食べれば、きっとリラも元気になるはずだ。そうであってほしい。

 リラは出来れば依頼を受けて欲しいと言う。


「気は進まないけど、依頼、受けた方が良いのかしら……。遺跡の権利をウィンスレットが得られれば領地に利があるのも確かなのよね。わたしが協力すればこの村にメリットもあるだろうし……」


 もう少しちゃんと話を聞いた方が良かったかもしれないと少しだけ後悔した。



 ***


 カランカランカラン。

 翌日、またあの人が訪ねてきた。


「……はい」


 わたしはしぶしぶドアを開ける。

 ドアの外には固い表情をした男の人が立っていた。わたしが顔を見せると勢いよく頭を下げた。


「昨日はすまなかった。ほぼ初対面にも関わらず、配慮に欠けた発言をしてしまった」


 頭を下げたまま動かない。これでは目立ってしまう。

――わたしが何か言うまでそのままのつもりなのかしら。

 

「とりあえず中に入ってもらえますか? 周囲に変に思われてしまうので……」

「すまない……」


 わたしは室内に案内し、お茶の準備をする。

 ――やっぱりお茶は出さないと駄目よね。不本意だけど。少しでもイライラを抑える為に甘いものがあった方が良いかもしれないわ。

 少しでも自分のテンションを上げるため、チョコレートを挟んだラングドシャクッキーを出す。チョコレートはホワイトとミルクの二種類だ。


「お口に合うかわかりませんが、どうぞ」


 わたしは自分でもちょっと冷たい態度だなと思いながらもラングドシャクッキーを口の中にいれた。サクサクと軽い食感にほどよい甘さのチョコレートの組み合わせが絶品だ。

 思わずわたしの表情が緩んでしまう。

 ――我ながら、最高の出来ね。


「甘い物が苦手でしたら無理に食べなくても結構ですよ」

「いや、珍しいもので驚いていただけだ」


 グレン様がラングドシャクッキーに手を伸ばし、口にすると驚きの表情になった。


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