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1.プロローグ

「エリシア、今日は出発をするのを延期してはどうだ?」


 わたしを心配そうに見つめるお父様。お継母様も心配そうな顔をしている。四歳になる腹違いの妹はよくわからないといった感じではあるが、しばらく会えないことに淋しそうな顔をしている。

 わたしは今、屋敷の玄関ホールで家族に出かける挨拶をしているところだ。


「しばらく雨は止みそうにありませんもの。あまり出発を遅らせると伯父様が心配します」


 屋敷の中にいても雨の音がよく聞こえてくる。これから出かけようとするわたしに対してお父様は何日も降り続く雨を心配しているのだ。


「そんなのは連絡を入れれば良いだろう?」

「横殴りの雨は収まりましたし、そろそろ雨も止むと思いますよ」

「そうだろうが……」

「そう言ってわたしを引き留めたいだけでしょう? ちょっと伯父様のところに遊びにいってくるだけなのに」


 わたしがクスリと笑うとお父様も心配した表情を崩す。


「あまり待たせては悪いです。そろそろ行きますね。明るいうちに移動したいですし」

「そうですよ。暗くなっては危ないですもの。あまり引き留めてはいけませんわ」


 お継母様は仕方がない人といった顔でお父様を窘める。お父様もようやく諦めたようだ。


「……わかった。気をつけていっておいで。義兄上によろしく伝えておくれ」

「はい。色々と準備をしてくださってありがとうございました。お土産はしっかりお渡しします。お継母様、マリアンヌもお土産を買ってきますね」

「えぇ、楽しみにしているわ。体には気をつけね」

「おねえさま、はやくかえってきてくださいね」


 束の間の別れを惜しむ和やかな空気。継母と腹違いの妹の関係であっても関係は良好だ。

 わたしの実の母親はわたしが七歳の時に亡くなっている。一年後にお父様はお継母様と再婚し、その二年後に妹が生まれた。お継母様は良い母親だと思う。


「雨が降っていますし、お見送りはここまでで大丈夫です」


 わたしはそう言って仲の良い家族と別れた。

 ――お父様、マリアンヌ、お元気で……。



 ***


 雨は少し弱くなったがそれでも雨が馬車をボタボタと叩いている。濡れない分には心地よい音だ。ガタゴトと馬車の揺れも相まって眠気を誘う。

 昨日は気が張ってよく眠れなかった。この旅が楽しみだったからではない。わたしはなんとしてでも今日出発しなければいけなかった。

 ――ちゃんと上手くいくかしら……。ううん。絶対に上手くやらないと駄目よ。


 この国では馬車での移動が主流とあって、道はよく整備されているところが多いし、馬も馬車も工夫がされている。馬は疲れにくく、速さも力もあるし、馬車自体も馬が疲れないようになっている魔道具だ。

 もちろんお値段はそれに見合ったものなので、裕福であったり、長距離移動が必要な家しか持たない。狙われないように見た目はそんなに立派に見えないけれど。

 我が家はお父様が”良い目”を持っている商人なのでこういった特殊な馬も馬車も多く備えている。仕事上移動が多いので効率良く移動する手段は必要だ。

 家族を大切にしているお父様は家族が移動する際も使えるようにしてくれている。移動に時間がかからないので道中の世話をしてくれる人がいなくても問題ない。

 お父様は連れて行くように言うけれど、伯父様の屋敷に行けば世話をしてくれる人をつけてくれるし、道中はいない方が気が楽なのだ。慣れない環境に連れて行くのも悪いと思ってしまう。


 大きな河に架かる橋が近づいてきてきた。

 ――そろそろね……。


 予想通り、外が騒がしくなってくる。馬の鳴き声が聞こえ、馬車が急停車した。スピードが出ていた馬車が急に止まったことで大きな衝撃がくる。

 どうやら、あっという間に取り囲まれてしまったらしい。

 本来ならば、この街道は治安が良く、賊などは出ない安全な場所だ。貴重な物資や人物を運んでいない限り護衛をつけない人も多い。

 わたしの馬車に護衛がついていないのは防犯用の魔道具が着いているからだけど。でも、不幸なことに今日は作動しない。


「おとなしく降りてこい!」

「お嬢様、出てきてはいけませんっ」


 わたしを守ろうとする御者に賊の一人は「お前は黙っていろ」と殴って黙らせようとする。


「わたしはおとなしく言うことを聞きますから、その人に乱暴はしないでください」


 わたしは意を決して馬車を降りる。

 雨が冷たい。

 周囲を確認したが、馬車を取り囲んでいるのは八人だ。見えないところにまだいるかもしれない。目の前の男はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。

 なめられないように堂々としなくては。


「何が目的ですか?」

「そりゃあ、もちろんお前の命だよ。可哀想なお嬢様だ。恨むならお前の父親を恨むんだな」


 ――やっぱりね……。

 覚悟はしていたけれど、現実にこういった場面に遭遇するとやはり怖い。


 ナイフを持った屈強そうな男がジリジリと距離を詰めようとしている。

 わたしの侯爵令嬢としての生活はここで終わった。



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