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魔族に似ているせいで幽閉されていた幸運をもたらす王女は、追放同然で大魔王に嫁がされたのですが……待っていたのは溺愛でした  作者: 畑中希月
本編

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第二十一話 新婚旅行が始まった

 シェリーンとリュデロギスは再び水棲馬すいせいばに引かせた馬車に乗り、ギルガ駅に向かった。相変わらず、沿道には多くの人々が詰めかけている。

 駅に到着し、初めて魔道列車を見かけたシェリーンは感嘆した。黒鉄の巨大な車体に何両もの車両。魔道具技術の粋を集めた魔道機関によって動くらしいが、乗り心地はどんなものだろうか。

 ひときわ目を引いたのは、人の数倍はあろうかと思われる背の高い車両だ。シェリーンはリュデロギスに聞いてみる。


「あの車両は何を運ぶのですか?」

「あれは巨人族に分類される者たち専用の車両だ」

「あれにも乗れない方はどうするのです?」

「その時は、身長を縮める魔法薬を使ってもらうしかないな」

「そんな薬もあるのですね……」


 東大陸の常識は、まだまだ分からないことだらけだ。

 シェリーンはリュデロギスとともに一等車に乗り込んだ。中には座り心地のよさそうな一人がけの椅子が二脚ずつ並んでおり、その前には小さなテーブルもあった。


(陛下の隣に座るのかしら……)


 仕切りがない、馬車の椅子のようなものではないにしても、少し恥ずかしい。


(で、でも、キス……だってしたわけだし……これくらい……)


 己を納得させながら、シェリーンはリュデロギスに勧められるままに奥の席に座る。そのあとで、当たり前のようにリュデロギスが隣に座った。

 隣を見れば、リュデロギスの整いすぎた横顔が目に入る。心臓に悪い。


「シェリーン、これを見てくれ」


 リュデロギスが取り出したのは一枚の地図だった。東大陸全土が描かれている。


「予とあなたはギルガを南下し、まず、従属国のガルデア魔王国に入り、その後、北東の属領ザンターグに入る。それから西に向かい、ギルガに戻ってくる予定だ」

「魔道列車で全土を回れるのですか?」

「ああ。元々、各国で鉄道事業が盛んだったおかげで、東大陸統一後に全国の線路をつなげることが容易だったのでな。むろん、駅から離れた街や村落へは予が所有する馬車で向かう」

「なるほど、本当に東大陸の文明は進んでいますね。それにしても、各地に陛下の馬車があるのですか……すごいですね」


 改めてディンゼ帝室の財力には途方に暮れるしかない。


(幸運の子がいなくても、十分豊かなのよね)


 もしかして、リュデロギスは自分が幸運の子であることとは無関係にめとってくれたのではないか、とつい妄想してしまう。


(そういえば、宮殿の図書室には幸運の子について書かれた本が一冊もないのよね……なぜかしら)


 それはともかく、東大陸中を回れるなんて、考えるだけでワクワクしてしまう。アルカンにいた頃は、幽閉暮らしが長かった上に王都から出たこともなかった。そんな自分が、大陸一周である。

 しかも、一緒に旅をしてくれるのはリュデロギスだ。

 ひとつ残念なことがあるとすれば……。


「旅行中は勉強を中断しなければならないのは、少し残念です」


 シェリーンがぽつりと漏らすと、リュデロギスはほほえんだ。


「シェリーンは本当に勉強熱心だな。予でよければ、ギルガ宮に帰るまで勉強を教えよう。スクアピオには敵わぬが、医学の知識もそれなりにあるつもりだ」

「まあ! 本当ですか!?」

「ああ、約束する」


 思わぬ教師を得られ、シェリーンは喜んだ。勉強まで教えてくれるなんて、彼はどこまで優しいのだろう。本当に、リュデロギスと結婚できてよかった。

 突然、大きな笛のような音が鳴り響く。シェリーンが驚きのあまりビクッとすると、リュデロギスが笑った。


「発車の合図だ。警笛という」


 彼の言う通り、カタンカタンと音を立てて列車が動き始めた。馬車のように揺れず、とても快適な乗り心地だ。

 車窓からは遠ざかっていく駅が見える。速度は増していき、魔都ギルガを突っ切って城門を潜り抜ける。城壁の外に出た列車から、シェリーンは第二の故郷になりつつある魔都ギルガに、しばしの別れを告げたのだった。


   ***


 魔道列車が到着したのは、本で見た昔ながらの東大陸西部の街並みが残る、風情のある駅だった。駅から見える石造りの建物群が色鮮やかで美しい。駅自体も石と日干しレンガでできているようだ。今夜はこの街の宿で夜を明かすらしい。


 既に帝室の馬車が駅前で待機していた。リュデロギスとシェリーンが姿を現すと、駅前に集まっていた人々がわっと歓声を上げる。

 リュデロギスがすっと手を挙げ応えると、民衆はさらに熱狂した。


「魔帝陛下万歳!」

「魔后陛下万歳!」


 リュデロギスがささやく。


「シェリーン、手を振ってやれ」


 シェリーンが言われた通りにすると、民衆は感激したようだった。


「なんとお美しい!」

「我らに幸運のおこぼれがありますように……!」


 馬車に乗ったシェリーンは、車窓を眺めながら言った。


「本当に歓迎されていますね。驚きました」

「幸運の子の姿を見ただけでも、余恵にあずかれるという言い伝えがあるのだ。それに、幸運の子が君主の后になることなど、めったにないからな。まして、あなたはその美しさだ」


 シェリーンはドキッとしてしまい、あえて褒められたことに対する感想は言わなかった。代わりに別の話題に言及する。


「そ、そうですか。意外ですね。幸運の子がお后になった例が少ないだなんて」

「色々あるのだ」


 そう応えた時のリュデロギスの目は妙に底知れなくて、シェリーンはそれ以上追求できなかった。

 やがて、馬車が大きな建物の前に停まった。


「今夜泊まる宿だ。快適だぞ」


 リュデロギスに太鼓判を押され、シェリーンの気持ちは浮き立った。彼に手を取られ、馬車から降りる。

 宿の中は高級感あふれる内装だった。街の雰囲気のせいか、ギルガ宮よりも民族色が強い。三階に上がり、部屋に通されたシェリーンはぎょっとした。


 広いスイートルームの寝室にあったのは並んだ二つのベッド。

 そう、今夜宿泊するのは二人部屋だったのだ。

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