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三題噺もどき

深海

作者: 狐彪

三題噺もどき―ひゃくじゅう。

 お題:言葉・叫ぶ・深海




 キラキラと、美しい青が頭上に広がっている。

 見上げればいつでも、星が瞬いているように。

 光が、あちこちで踊っているように見えた。

「――、」

 口を開けば、

 コポ、

 と、空気が漏れるだけで、言葉を発することはできない。

 ここは海の底、光の届かぬ深海。

 目の前でキラキラ光るのは深海の美しい魚たち。

 届かぬ上の空ではそれ以上に美しい青が光っている。

「――、」

 いつから私はここにいるのだろう。

 もうずいぶんと昔の事のように思える。

 深海に繋がれて、この海の底で身動きがとれぬようになってしまったのは、いつからだったか。

 もうずっと誰にも会っていない。

 今の姿を見たら、化け物と言ってどこかへ行ってしまうかもしれないが。

「――、」

 唯一の話し相手といえば、たまに面白がってやってくる魚たち。

 それもほとんど一方的になじってくるだけで、会話らしい会話などしたことなどない。

「もう話さないのか」「静かになって清々した」「いつまでそこにいるんだ」「邪魔だ」「そろそろ食べごろだろうか」―そんな感じ。

 私だってここに居たくているわけではない。

 逃げられるのなら逃げたいのだ。

 ―それができないからここに居る。

 大きな太い鎖でつながれてしまったから、もう逃げることはできないのだ。

「――、」

 もう声も枯れ切ってしまった。

 逃げたい、助けて、誰か、と叫ぶ気力すらもない。

 ただ下を向いて、特に何をするわけでもなく、静かに。

 体が徐々に人のそれではなくなっていく様を、まざまざと見せつけられているだけ。

 自慢だった白い肌が、青く、光の加減でエメラルドのように見える、魚にしか見られないはずの、鱗に覆われていくのをーただじっと、痛みに耐えながら、眺めていた。

「――、」

 ふと、上を見上げる。

 小さく、小さく、光が見える。

 あぁ、地上が、あの上に広がる空が恋しい。

 夜になれば瞬くあの星々が、とても、とても―。

「―――」

 私は、それを見るのが大好きだった。

 とても美しいその星たちを見るのが、その時間がとても心地よかった。

「―――」

 いつからだったか、その時間に、横に並ぶ人がいたのだ。

 互いに星が好きで、語り合って、私より知識を持っている彼の話はとても面白かった。

 その時間が日々の楽しみで、何よりも大切な時間だった。

「―――」

 それが、ある日突然、その日々が終わりを告げてしまった。

 呼吸が止まったように、時間が止まったように、静かに終わってしまった。

 また一人で、空を見上げる日々が続いた。

 けれど、二人並んでいたあの日々が、心の奥底にこびり付いていた。

「―――」

 それから、どれくらい月日が流れたかわからないが―ある日突然、その人は戻ってきた。

 大雨の日だった。

 風も酷くて、嵐のような夜だった。

 家を訪れたその人は、死人のように真っ青で、ひどく冷たかった。

 中に迎え入れ、温めてやろうと、これまでの空白を埋めるように話をしたいと、そう思った。

 けれど、玄関から動こうとせずに無言で断られてしまった。


 濡れていないといけないから、暑い、温かい部屋の中には入れない、


 何を言っているのだろうと思った。

 風邪を引いてしまうから、早く部屋にと、つかんだのがよくなかったのかもしれなかった。

 あの人の腕をつかんだ、私の腕を握り


 迎えに来た


 そう、にこりと笑った。

 水にぬれたその笑顔は、まるで泣いているように見えた。

 そうしてそのまま、腕が千切れてしまうのではないかと思うぐらいの勢いで家の中から引っ張り出された。

 大雨に打たれ、風に吹かれる。

 それでもお構いなしに進んでいくあの人に恐怖を覚え、腕を振りほどこうと必死にもがく。

 しかし、つかまれてしまった以上もうびくともしない。

 万力で締め付けられているように痛い。

 離してと、懇願しようにもひどい雨風のせいで口も開きそうにない。

「―――」

 されるがまま引きずられ、いつの間にか目に前に、海が、広がっていた。

 真っ黒で、どこまでも広がっている海。

 こちらを飲み込まんとするように波がうねり、大口を開けて待ち構えている怪物のように見えた。

 所々で立つ白波が、大きな牙のようだった。

「―――」

 誘いこまれていくように、ズルズルとその大口の中へと引きずり込まれていく。

 足が冷たい、全身が雨に打たれているせいでひどく冷えている、風に殴られているようで痛い。

 あぁもう、足が、踏ん張りがきかない。

 砂浜で足がとられる。

 ズルズル、ズルズル、奥へ、底へ、導かんとするようにあの人は引っ張ってくる。

「―――」

 もう体の半分以上が、海に吞まれた。

 もう駄目だと思った瞬間、体が一気に海の底へと飲み込まれた。

 息ができない、

 とっさのことだったので、肺の中の空気がすべて吐き出されてしまった。


 苦しい

 苦しい

 誰か、 助けて、


 つかまれていた手と反対の手を、必死に伸ばす。

 届かないとわかりながらも、必死に、もがくように、

「―――」

 しかしその手は―優しいあの人の腕に、大好きだったあの人に、捕まってしまった。

 目の前に、優しい笑顔が広がる。


 ―――?


 なんと言った?口をパクパクと動かしたと思えば、その口を、私の口に近づけてきた。

 息ができなくなり、意識がもうろうとしていた私は、されるがままになっていた。

 抵抗することもできぬまま、そのまま意識を失ってしまった。

「――、」

 そして、次に目を開けた時には、私はここに居た。

 手のひらには、いつの間にか水かきのような膜ができていた。

 足には鱗のようなものが浮き上がってきていた。

 あばら骨のあたりに、あるはずのない穴ができていた。

 もう嫌だと、助けてくれと、叫ぼうとした言葉は、すべて、泡となって消えていった。

 はじけては消えていくそれを、私はただ茫然と見つめていることしかできなかった。

「――、」

 あの人は元気だろうか。

 私をこんなところに閉じ込めたあの人は。

 もう二度と、会えないあの人は。

 ―もし、もし、あなたが生きていて、私に会いに来てくれるというのなら。

 その時は、この暗く深い、深海で


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