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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

甘口

この先、怪獣に注意

 トミヨシ 新アスパーザ登場


 走りをもっと快適に 


 “耐衝撃軽量フレーム採用 バッテリー消費を抑え スムーズな加速”  

 

 もっと安全に


 《進行方向に障害物を検知しました》


 ドライバーを守る 進化したDモード搭載


 《自衛戦闘形態に移行します》

 ※自衛目的以外での戦闘は法律により禁止されています


 戦うクルマの未来へ――


          *      *      *

 

 リビングルームの明かりを消し、さて玄関を出ようかというとき、留守電モードにセットしたばかりの固定電話から耳慣れたアラームに続いて「ただいま留守にしております」という定型メッセージが聞こえてきた。通話ボタンを押す。

「もしもし」

《リキ、母さん居るか?》

「さっき出たとこ」

 着信の主は親父だった。

《車はそっちへ戻ってるな?》

「うん」

《じゃあお前に頼みたいんだが、今日の会議で使う大事な書類を家に置き忘れてしまってな。書斎の端末から黒いメモリーチップを引っこ抜いて、車のダッシュボードの小物入れに放り込んでおいてくれないか》

「端末からそっちへ送るよ」

《“大事な書類”だ。簡単にはコピーできないようになってる》

「あー、そっか」

《車のドアは今開けておいたから、メモリーチップさえ預けてくれれば、あとは父さんがやる》

「わかった。ところで俺、これから学校なんだけど……」

《……ハンドルには触るなよ?》

「よっしゃ!父さん愛してる!」


 乗っちゃった!!ついに乗っちゃった!!せっかくロボットに変形できるってのに、戦闘形態になったとこを見たためしがない、親父のアスパーザ!!

 充電プラグに俺の携帯型端末を差し込み、ドライブレコーダからの映像の同時録画を始める。目的はもちろん、いいシーンが撮れたらクラスじゅうに見せびらかして人気者になること!!友達んちの車が煽り運転野郎を返り討ちにしたとかいう、臨場感たっぷりのロボットプロレスを見せられて以来、うちの車でも同じような映像を撮影する機会がないものかと思っていたのだった。市街地やハイウェイでどっかのアホの煽り運転を待たなくても、この星にはもっとありふれた相手ヒールが居る。そいつは親父の研究所へと続く郊外の道なら出くわすチャンスがあるんだが……。

 ……っと、バス停の脇を通りかかったとき、学生服のスカートのお尻で揺れる長いしっぽが見えたので、自動運転のアスパーザに音声指示で緊急ブレーキをかけさせ、車体を路肩に寄せさせた。後ろ姿でも見間違えようのないツヤツヤの毛皮……!!始業時刻に間に合うバスを逃してしまったのか、両肩で荒く呼吸するコハル先輩も素敵だ。親父の車を好きなように操れるうえ、憧れの先輩と二人きりで登校デートできるなんて、今日はツイてる!!

「先輩、おはようございます」パワーウインドウを下ろしたドア越しに挨拶する。

「リキ君!その車どうしたの?っていうか、一人?」

「親父に用事を頼まれてて。もしよかったら学校まで乗ります?」

「いいの?」

 先輩は無遅刻無欠席の記録をあきらめたくないようだった。そんな彼女が今日に限ってなぜ遅刻しそうになったのかって?ワイシャツのボタンの掛け違えと“社会の窓”さえ気にしておけば全身の寝ぐせグシャグシャでもとりあえず登校できる男子と違って、女子の朝にはきっといろいろ事情があるんだよ!この場の話題に出すのは野暮ってもんだろう。すまなそうに「よろしくね」と言って助手席に乗り込んだ先輩がシートベルトを締めると、アスパーザは持ち前の加速性能で音も無くなめらかに走り出した。


 親父への届け物を優先しても学校に間に合うとの自動判断らしく、大通りから脇道に逸れて山のほうへ向かった。運転席の俺は、隣から漂ってくる涼やかなボディソープの香り(校則では香水禁止のはずなので、フェロモンでなければ朝風呂の残り香だろう)を堪能していればいい。山奥に舗装された二車線道路を少し登ると、研究所正門までの距離を示す看板とともに“この先、怪獣に注意”の黄色い標識が立っている。

 “怪獣”とは、親父達の言う“ETMエトゥム”、地球外来種のことだ。彗星に乗って飛来した顕微鏡サイズの宇宙生物の末裔だそうだが、今から百年ほど前の当時、人類は愚かにも世界を巻き込む核戦争の真っ只中で、彗星が空中爆発した地点をろくに調査できず戦後の復興にかかりきりになっているうちに、怪獣どもの定着と急速な適応進化を許してしまった。現在では市販の乗用車にすらロボットモードという対抗手段がありふれているおかげで人間の生活圏外へ閉め出せているが、ときどき人里に迷い出てくることもある。

《進行方向に障害物を検知しました》

 ……ほら、こんなふうに。

「おいでなすったぁ!」

 四つのタイヤのサスペンションを介して伝わる路面の震動。茂みから頭を出した保護色の化け物がこちらを向き、表皮を鮮やかな警告色に変貌させながら俺達の行く手を塞ぐ。

「障害物って……怪獣でしょ?大丈夫なの!?」

「任せて!……車に!」

《自衛戦闘形態に移行します。安全のためシートベルトをもう一度ご確認下さい》

 通常モードからDモードへのシフトチェンジが始まった。アスパーザの車体各部で、乗用車としては無用だった様々なパーツが展開し、運転席と助手席の水平はそのままに、頭としっぽと両手足の揃った人型ロボットへと変形する。前後左右のウインドウは薄くても頑丈な装甲に保護され、車内が真っ暗になると同時に視界がARモード(実景を各種情報で拡張する)からVRモード(カメラアイの映像を見せる)へと切り替わった。


「警察が来るまで時間を稼ぎます!」

「なんで!?逃げればいいじゃない!!」

「“攻撃は最大の防御なり”でしょ!」

「“三十六計逃げるに如かず”よ!!」

「「うわああああああああああっ!!!!!」」

 最初の体当たりを喰らった時点で、“クラスの人気者になる”とか“先輩に度胸のあるとこ見せる”とかいった俺の浅はかな目論見は粉々に打ち砕かれた。アスパーザがパンチやキックを繰り出すたび、そして怪獣が頭突きやタックルを喰らわせてくるたび、テーマパークの体感型アトラクションなんてレベルじゃない衝撃で五臓六腑がミキサーにかけられる。これが実戦……!?

「クソアスパーザ!!トミヨシの新型のくせに、快適で安全なんじゃなかったのかよ!!ハンドル寄越せ!!」

《Dモード起動中の手動操作権限がありません》

「お父さんの車だから!?」

「親父……!そうだ、親父に電話!」

 俺の端末が親父と繋がった。

「もしもし父さん!?」

《おう、リキか。今どこだ?》

「近くだけど、怪獣に足止めされてッ!」

 電話の向こうから押し殺した溜息が聞こえた。

「オートパイロットがクソで苦戦してんの!!自分でやればすぐ片付く……と、思う!!」

《警察は?》

「通報済み!!」

《……いいかリキ、例のメモリーチップをナビのスロットに差し込め》

 小物入れは助手席側にある。コハル先輩に事情を説明し、親父の指示どおりにカーナビの画面をタッチ操作してもらった。“大事な書類”の正体はプレゼン資料とかではなく、自衛戦闘モードのAIの挙動を怪獣の種類ごとに最適化する試作プログラムだった。ただしオートパイロットには対応できていない。親父の専門分野は怪獣であって、AIではないからだ。

《会議まで時間はある。無茶するなよ》

「父さん愛してる!!」

 通話が切れてすぐ、両手で握り締めたハンドルが左右に分離して一対の操縦桿となった。


 プログラムが起動すると、フロントウインドウの端のほうに長方形の枠で囲まれたTESTという表示が現れ、いかにも急ごしらえのシンプルな×字マーカーが怪獣の喉や膝の動きに追従した。ところがさすがに怪獣も、地球の動物との厳しい生存競争を百年勝ち抜いてきた生き物。なかなか隙を見せず、自分の急所を守るすべを心得ている。

「クソッ、弱点が丸わかりなのに!巨大ロボの操縦ってこんなに大変だったのか……!」

「ロボットに任せるより子供の操縦のほうが強くなるなんてこと、冷静に考えてありえないのよ!!」

「どうすればいいんです!?」

「怪獣の動きをよく観察しなさい!」

「動きを読む……?」なんでそんなことがわかるんだ……?先輩だからか?いや、隣に居るからか?“岡目八目”ってやつ……ラリーのドライバーとナビゲーターの関係……先輩が俺の目になってくれてる!?

 俺は正面から頭を押さえ込もうとするのをやめ、怪獣の体当たりを死にもの狂いで左右に躱し続けた。

「自分で手綱を握ってりゃ、多少の揺れには耐えられるけどォッ!!」

 突進力はかなりのものだが方向転換が遅く、背中はガラ空き。それがわかれば、首の後ろの×字マーカーが目の前を通るタイミングを狙うだけでよかった。

「来い来い来い来い来い……そこッ!!」

 力いっぱい叩き込んだ手刀で頸椎をへし折られた怪獣が、突撃の勢いのまま路面を滑ってゆく……。

「やった!!さっすが先輩!」

「私は学校に遅刻したくないの!」

 だが次の瞬間、横合いから巨大な何かが道路に覆い被さり、怪獣の死骸を咥えて空高く持ち上げた。血の臭いに引き寄せられたのだろう……。怪獣を捕食しに来た、さらに馬鹿でかい怪獣だった。

「リキ君?もう“戦う”なんて言わないわよね……?」

 鋭い鉤爪のある節くれ立った足が一歩踏み出す激震だけでアスパーザが尻餅をついたとき、上空の大気をローターで叩くヘリからの声に巨大怪獣の注意が逸れた。

「一般車両は誘導に従い、ただちに安全な場所まで避難して下さい」

 二台のパトカーに前後を挟まれて、黄色い重機が回転灯を光らせながらゆっくりと山道を登ってくる。ETM駆除用に配備されている核融合動力の特殊車両“マローダー”だ。初めて間近で見る“はたらくのりもの図鑑”筆頭のトップアイドルは、人型にシフトチェンジするなり拳を振り上げ、体重の乗った右フック一発で巨大怪獣をノックアウトした。


 その後、研究所で警察の事情聴取を受けた俺と先輩は結局遅刻した。おまわりさん達は優しかったが、一部始終を知ったお袋が夕方ごろ家に帰ってくると俺は親父ともどもこっぴどく叱られた。ドライブレコーダからの映像は俺の端末に丸ごと記録されていたものの、クラスのみんなには俺とアスパーザの行き当たりばったりな戦い方よりもマローダーの華麗な一撃必殺フックのほうがカッコよく見えたらしく、べつに人気者にはなれなかった。……あのデート以来、憧れのコハル先輩と少しはお近づきになれたのが唯一の収穫ってとこかな?まだ、バス停で会うたび軽く雑談する程度の仲だけど。いつか俺も自分の車を買って、今度こそちゃんとしたデートに先輩を誘うんだ。


おわり

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