寄り添っていたかった
幽体離脱していた意識体が、グンと引っ張られて身体に押し戻されたみたい。
そんな軽い衝撃とともに私は目覚めた。
一切の眠気も気怠さも残留しない、完全な覚醒だった。
部屋の明かりを点けたままうたた寝をしていたみたい。
中身の詰まった映画を一本見たような、生々しい余韻と若干の虚脱感があった。
時刻は午前4時。
雪は止むことなく降り続けていたようだ。
カーテンから外を覗くと、闇と雪が描くモノトーンのコントラストで世界が塗り替えられていた。
そこに見慣れていたはずの風景の面影はない。
胸騒ぎがして、コートを羽織る手間も省いて部屋を飛び出した。
向かった先はすぐそこの駐輪場。
原付はまだ戻っていなかった。
虫の知らせ、なんて縁起でもないフレーズがちらつく。
今の私は、もう眞輔に対して遠慮なんかしていたくなかった。
スマホを鳴らしてみる。
でも何コール経っても出てくれない。
めげずに、途切れるたびに震える指で着信を掛け直し、画面を耳に押し付けていた。
ふいに通話が繋がった。
聞き慣れない女性の声で、もしもし。
「え……?」
私は戸惑った。
番号を間違えたのかと疑った。
「あなた、板垣眞輔くんのご家族? 友人?」
「え、ええ……」
状況が掴めずに生返事をするだけだった。
電話の向こう側、彼女の背後でガヤガヤと雑踏の音が聞こえてくる。
「そこ、どこですか? 眞輔は?」
雪に接する足の先から、ぞわぞわと冷気がせり上がってくるみたいだった。
◇
狂ったように鬼電を掛けて巽を叩き起こし、車で迎えに来させた。
そのまま飛び乗って私たちが向かったのは大学附属病院に隣接する救急医療センター。
原付が雪面に滑って単独事故を起こしたという。
大した怪我じゃないけど頭からの出血があったため、様子を見て一晩入院することになったそうだ。
問題は怪我の程度よりも、雪の降りしきる真夜中に目的もなく、人通りのない街外れの道を走っていたこと。
偶然誰かが通りかかっていなきゃ身動きできずに凍死していた。
病室に着いて、額に包帯を巻いてベッドに横になる眞輔の姿を見た途端、身体から力が抜けていった。
眞輔は私たちにぎこちない笑顔を向けたけど、それが余計に痛々しかった。
私はツカツカとベッドに詰め寄って、
「死にたかったの?」
その問いに笑みが消えて、眞輔は何も答えないまま顔を伏せる。
「どうして否定してくれないの!」
叫ぶ私を巽が一歩後ろに退かせた。
「なあ眞輔。雪が物珍しくて夢中になってたなんてアホみたいなことでもないだろ。何が問題だよ。こんなのお前らしくないよな」
「……俺らしさ?」
眞輔は顔を背けるように、視線を部屋の奥に向けた。
「幻滅したよな。無様なとこ見せちゃって。俺は、2人が思うほど強い人間じゃないんだよ」
それを聞いて、巽は静かに声を荒げた。
「初めからお前のこと、強い弱いの物差しなんかで測っちゃいない。ただ、辛いときに辛いなって、笑って弱音を吐いてくれる奴だと思ってた」
そう言って、私と眞輔を残して病室を出ていった。
風の勢いは収まらない。
相変わらず外は吹雪いているらしく、窓ガラスがガタガタと空気を鳴らした。
「……今日みたいな、雪の降る日だったんだね」
「………」
眞輔のお兄さんが死んだ日――――。
走り出さずにはいられない。
原付に乗ってお兄さんの姿を追っていた。
凍り付いていく体になんの感情も乗せずに、ただひたすら、ひとりで雪の中をさまよっていたんだ。
押し殺した声で眞輔は言った。
「俺たち、離れていよう」
私は無言でその先の言葉を促した。
「これじゃ俺はたぶん、花帆にとって、名都って人の二の舞になる」
顔を見せないままの眞輔に近寄り、私はパステルカラーの入院着に手を付いて、胸元の薄い布を握りしめた。
「助けが必要? ならそうと言って」
眞輔は答えない。
私は布を引き寄せながら身体をかがめ、彼の首筋に顔を埋めた。
「……振り切れるはずない。そんなに簡単なことじゃない。そう、私たちの背負ってるものはね」
だからこそ寄り添っていたかった。
隣にいてほしかった。
どうすればもっと生きやすく生きていけるかを、私と一緒に悩んでいてほしいんだ。
「先の事やしがらみ、考えなきゃならないことはたくさんあるけど、今はそれを残らず棄てて、ただ私のことを想って。そうして純粋に浮かんだことを答えてほしいの。眞輔には私が必要?」
眞輔は顎を引いて、唇を噛み締めたみたいだった。
口元をぐっと結んで、そのままブルブルとこらえるようにして小刻みに揺れる。
私は土足のままでベッドに乗り、眞輔の隣に寝そべって抱きしめた。
彼の頬に私の頬を付けて、胸を膨らませるように息を吸う。
互いの接した肌が湿っていく。
「花帆」
眞輔の声は震えていた。
「助けて……」




