いかに残酷であったかを
ある夜、恵子さんが仕事から戻ると自宅が見るも無残に踏み荒らされていた。
所々に血の痕が飛び散っていて、そして、どこにも名都の姿がない。
警察が対応に当たったけど、父親と一切の連絡がつかなかったことから誘拐の疑いがあるとして緊急捜索が始まった。
しかし懸命な捜索の甲斐も虚しく、その晩のうちに名都が戻ることはなかった。
翌朝、路上に停まったままの不審車が見つかり、そこからボロ雑巾のようにズタズタになって死にかけていた名都が保護された。
『父親はすぐに捕まって実刑が下されたわ。だけど、そんなことであの子の心が休まるはずもないわね』
当時の苦い記憶を思い起こして、恵子さんはひどく掠れた声で一言一言を区切るように続けた。
『その人、もう出所してるんですか』
『……どうするつもり?』
『会いたいんです』
会ったからどうなるというのか。
自分がしてきた行いがいかに残酷であったかを、あの子の代わりに私の口から、延々と呪いのように吐き出してしまいたい。
たとえその苦しみの1%すらも再現してあげられなかったとしても。
二度と名都に近づかないように誓わせる、それとも彼女への謝罪の言葉を預かるか、一筆でも書かせるか。
ぽっと現れただけの第三者の私が、そう簡単に解決できてしまう問題であるはずもない。
そんなことは承知していたけど、それでも、会うこと自体に重要な意味を見出せるとは思えた。
名都を縛り付けているのは彼と彼の刻んだトラウマに他ならない。
――――本能に従うだけでいたら、私はまた繰り返しちゃうかもしれない。
あの子は私と出会った時から既にもがき、逃げ続けている途中だった。
平穏な日常も簡単に壊れてしまう時が来ると、じっと身構えていた。
実の父親を刺すということが、自分の内に潜む破滅的な衝動が、その業を呼び寄せたと受け入れていたんだろう。
私が名都と一緒にいるためには、逸らすのでなく顔を向けなくちゃいけないんだと思った。
どんな結果になるとしても、その苦しみの元凶に立ち入った後の私は、もう一歩名都に踏み込んでいられる。
いつか彼女の姿をどこかで見つけ出せたら、その時は躊躇なく駆け寄っていけると思える。
名都のためになるのだったらどんなことだってやりたいと私は願った。
体を前のめりに揺らすような衝動を抑えるために、手汗の滲む掌をぐっと握りしめた。
『……それはできないわ』
『やります。教えてください』
『できないの。父親は死んだのよ』
視野が暗転した。
『……え?』
『首をくくったの。刑務所に入ってすぐにね。自暴自棄になったのか、ストレスに耐えられなかったのか。いずれにせよ、あの人は弱い人だったわ』
……吊るされていたロープが断ち切れて、掴みかけていたものが奈落へ落ちていく。
わからない。
名都を追うものの実態が、どこを向けばその姿を捉えられるのか。
どうすれば助けてあげられるのか。
混乱の渦に巻かれて、私は立っているのかさえ判らないほどに狼狽した。
『……じゃあ私は、どうすればいいんですか?』
恵子さんは眉を歪ませた。
『認めるのがこんなにも苦しいことはいないわ。でもね。私たちには何もできない。問題はなっちゃん自身の中に在るの』




