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風景の中にいた



 名都の話をしに来たはずだったのに、結局雑談から横道に逸れまくり、眞輔が夏に実行した北海道放浪談で盛り上がってしまった。


 本州じゃ拝めない北国特有の景観やご当地グルメの話も面白かったけど、バイク旅ならではの苦労話が特に印象深かった。

 土砂降りから逃げるように小屋型のバスの停留所に転がり込み、暖も取れぬまま寝袋にくるまって夜を明かしたこと。

 心細い深夜の峠道で前を走る大型トラックを見つけて、その排気ガスの温かみに心から安堵したこと。


「一人旅って言っても、車や鉄道に比べればずっと不便だし泥臭いでしょ。だけどね、兄貴がツーリングにはまった理由、わかった気がします」

「どうして?」

「ガラス越しじゃない生の景色を味わえるんです。それも全身でね。体中にその土地の空気を浴びて、世界の中に没入していくんです」


 見渡す限りの草原も、壮大な山々の連なりも、満点の星空も、そこを流れる風に混じり、風景の中にいた。

 震えるほどの感動だったって。

 そして険しい道のりにあがいた分だけその感動も染み入ったという。


 楽しいだけじゃない。

 そうしたものも諸々をひっくるめて、きっと大切な思い出になっていくんだろうね。


「それとね、ツーリングのシーズンってのもあったんだろうけど、やたらとバイク乗りが多くて。ライダー同士の礼儀っていうか、しきたりなんでしょうか。すれ違いざまに手を挙げて挨拶し合うんですよ。それを小さなスクーターに乗ってるだけの俺にもしてくれて。なんだか認められたような気がして、嬉しかったなあ」


 眞輔はお兄さんの軌跡を辿っているんだと思った。

 追体験を通して彼の感じたものを自分の目でも確かめたいんだって。

 拳法部に入るきっかけになったのもお兄さんの始めた格闘技だったというし。


 今日日(きょうび)珍しい、兄弟愛に満ちた2人。

 そんなふうに微笑ましい気持ちで相槌を打つだけで終わったんだろう。

 私が何も知らないままだったとしたら。


 実は今日、名都のことを打ち明ける代わりに眞輔からも聞き出したいことがあった。

 でも、いま目の前にある彼の笑顔を崩してしまいそうで、ついに最後まで話を遮ることができなかった。


――――巽がしてくれたお節介の話には続きがあった。


『予想外だったよ。てっきりお前らはもっと互いのことを話し合って、解り合ってるもんだと思ってた。こんなに何も知らないなんて』

『どういう意味よ?』

『お前にとっての宇野名都と同じように、眞輔にも抱えてるものがある。特別隠してるわけじゃないだろうけど』


 巽の指摘どおり、たしかに私は眞輔の過去を知らなかった。

 今でこそ不自然と思えるくらいに、知らなすぎていた。


『アイツの兄貴な、2年前に死んだそうだ。バイクの事故だったって』





 クリスマスを目前に控え、茉以(まい)は男漁りに躍起になっていた。

 スケジュール帳にびっちり合コンの予定を書き込んで。

 そりゃもう狂気じみてた。


「イヴまで2週間! まだ間に合う! イエスも諦めるなって言ってる!」


 自分の誕生日を知らぬ間に一大恋愛イベントに塗り替えられて、イエスは泣いてるでしょうよ。


 鬼気迫る茉以に引きずられて大型ショッピングモールに連れ出された。

 次の合コンに着ていく一張羅(いっちょうら)を見繕うんだって。

 どうして私を巻き込むのよ。


「こうでもしなきゃアンタ動かないでしょ。ホラ、眞輔っちに渡すプレゼント選びなさい」

「いつの話? 本人が諦めたって言ったのに、どうして茉以が諦めてないのよ」

「名都って子のことはひと段落ついたんだから、前を向きなさいよ。奇遇にも気持ちを切り替える絶好の機会じゃない。クリスマス!」


 モールの吹き抜け空間には2階にまで届く高さの巨大なツリーが飾られ、店先はどこもくどすぎるほどに盛大な装飾に彩られている。

 鈴の音が鳴るド定番のクリスマスソングに聴覚を支配されて、ごった返す人込みは誰もかれも幸せな表情に満ちていた。


「コタツに潜ってミカンでも食べてたいのよね」


 茉以は叱る代わりに私の首筋に手刀を打った。




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