あの日のやり直しをするみたいに
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六畳にも満たない狭さの息苦しい取り調べ室に、私と机を挟んで中年の刑事がいた。
この人は去年名都が失踪したときにも私の聴取を担当した人だったと思う。
あの日のやり直しをするみたいに、当時の出来事について同じ質問を繰り返された。
それに対する私の返事もほとんどが変わらない。
〝よくわかりません〟って。
刑事さんはほとほと困ったというように、首の後ろに手を当てた。
そうして言葉が止まったので、隙を突くように私が尋ねた。
「名都の車が見つかったって、聞いたんですけど」
「そうだね。少し話題を変えようか」
私にとってはここへ来た本題がそれだった。
「見つかったのはここから2つ隣の県の山奥だよ。車の劣化具合から見て、放置されてからほぼ一年が経っている。つまり失踪の直後に乗り捨てられたんだろうね」
「それじゃあ……」
「今現在彼女がどこにいるのか、生きているのか。その手掛かりはほとんど得られなかった。残念だがね」
それを聞いて落胆はしたけど、一方で少し安心もした。
ただし、間違っても安堵の表情は見せないように、努めて顔つきを変えないように徹する。
刑事さんはギイイと椅子を揺らし、机に肘を付いて身を乗り出した。
「ただね、ひとつ不可解なことがあって。車体の後方に異様な損傷があってね……」
ギクリとして、血の気が引いた。
その一言だけで、私たちの秘密がすべて見透かされているんじゃないかと疑った。
不審な仕草を読み取られてはいけない。
だけど、いくら表面を装ったって顔色が青くなるという生理現象を繕うことはできそうになかった。
ただ、刑事さんが取り出した一枚の写真を見て、私の怯えは杞憂だったと判った。
被写体はおそらく名都の車だと思えた。
確信を持てなかったのは、それが鬱蒼と木の生い茂る森の中にあったからでも、色あせて所々が錆付いていたからでもない。
車の後ろ面、リアガラスやバンパーと呼ばれる部位が、原形を留めないほど滅茶滅茶に破壊されていたからだ。
「これを見て、初めは事件性を疑ったよ。これは事故か何かでできる傷じゃない。人為的に付けたものだ。それを裏付けるように現場付近に車の塗料の付いた石がいくつか転がっていた。おそらくそれらで叩くなり、ぶつけるなりしたんだろうね」
刑事さんは憐れむような目をして写真に視線を落とす。
「……だがね、調査が進んで考えを改めた。検証の結果、これをやったのは宇野名都さん本人だという結論に至ったからだ」
現場には争った形跡どころか、名都以外の人物の痕跡は見当たらなかったという。
「まったく、不可解さが増しただけだ。この行動の理由も、失踪の動機も不明。……彼女の家庭環境は複雑だったようだね。それが関係しているのかな」
彼はその先の台詞を言いづらそうだった。
「どうかな、佐伯花帆さん。彼女の友人として接した中で、日常生活でこうした猟奇的な行い、奇行だな。それをしでかしたり、もしくはそういった予兆を感じたことは?」
名都の名誉のために、否定したかった。
私には写真を見た途端にピンときていた。
あの子の行為には一貫した理由があった。
これは証拠の隠滅だって。
でもそれは言えない。あの子を守るためにも。
私は会話のうちのほとんどを黙り続けて、2時間ほどの聴取を終えた。
結局何も明らかにならないまま。
取り調べ室を後にするとき、刑事さんは呟くようにして言った。
「君は本当に、友達を見つけたいのかい?」
その問いにすらも、私はだんまりを押し通した。




