打ち壊すように、一言
私の大学は単一のキャンパスにあらゆる学部が詰め込まれている超マンモス校。
各種の理系・文系学部に加えて医療系や芸術、体育専門学部までが揃っている。
おかげで長径4キロ、短径2キロの楕円を描く壮大な敷地面積を持ち、キャンパス内には外周道路が敷設されて学生用のバスが走る。
大学附属病院や陸上競技場は見たけど、最果てには小さな植物園や農場まであるらしいという噂。
たった1年過ごしたところで未踏のエリアの方がずっと多いのだ。
広すぎるが故にすべての境界を塀や門で区切るわけにもいかず、外界との境は幅広い緑地帯で隔てた程度とひどく曖昧。
ふと見れば近隣のおばちゃんたちがお喋りしながら校内の遊歩道を歩いていたりする。
外周道路も途中で公道と合流するから一般車が迷い込んでくることだってザラ。
そんなことが許されるのどかな所。
キャンパス内の景観も凝っていて、とにかく緑が多い。
原っぱだけでなくちょっとした池や雑木林なんかも所々にあって、それはもう自然公園と見間違うくらい。
噴水を前に芝生に寝転がって日光浴をして過ごすような、アメリカのテレビドラマよろしい優雅な光景もちらほらと見かけられる。
桜の咲き乱れる絶好の花見ポイントみたいなものすらあって、そこには敷かれたブルーシートとバーベキューの準備をする学生たちの姿。
そんな集団がいくつもあって、そういや今日は金曜だったなぁ。
新入生歓迎コンパ日和の午後。
だけど私には関係のないお話。
伏し目がちに通り過ぎて、キャンパス区域の外のすぐ目先にあるコンビニへ。
夕飯の買い出しだ。
と、ちょうど店の自動ドアから出てきた男女の2人組とかち合って、あっと声が上がる。
「花帆……」
しゅっとスマートな出で立ちに黒縁メガネの〝代行〟、もとい中辻要と、その後ろにはピンクのカーディガンを羽織った保科侑子。
いずれも私の同級生であり、バドミントンサークルの部員。
「授業終わりか?」
コクリと頷いたけど、その先の言葉がなかなか見つからない。
こうして顔を合わせて話すのはもうずっと久しい気がする。
間を取り持つように朗らかに笑って代行が言う。
「これからサークルの新歓で、学内でバーベキューだよ」
見れば代行の手にぶら下がるビニール袋の中には溢れんばかりの紙コップや紙皿。
どうやら今しがた通り過ぎた一団の中にバド部の子たちがいたらしいと今さらに気付く。
SNSでそんなやり取りがあったんだっけ。
受信通知をちらっと流し見ただけで未読スルーのままだったけど。
「お前は来ないのか? 花帆」
予期しない問い掛けに息が詰まった。
来ないのかって、はいじゃあ行きますって軽いノリでついて行けるような状況に今の私はいない。
「いやあ、私……」
「……そっか。残念だな」
本気で誘うつもりはなかったんだろう。
ただ私の様子を伺いたかっただけ。
代行は優しさでそういうことをしてくれる奴だってことを私もよく知っている。
またな、って一度は通り過ぎたんだけど、そのあとで保科さんが振り返って言った。
「佐伯さん」
「あ……、なに?」
「あの……」
言いにくそうに間を置く。
そのあいだ私は少し垢抜けた気がする保科さんをぼうっと眺める。
以前は芋っぽいメガネをかけていたはずが、今日はコンタクト?
髪もお洒落に結って、なんだか女子大生って感じ。
同期でありながらも生真面目で無口なタイプの彼女とはあまり絡んだことがなかったな。
私の知らない冬のあいだに軽くイメチェンでもしたのだろうか。
そんなほんわかとした私の気持ちを打ち壊すように、一言。
「手続きがあるから。もうサークルに来ないなら、退部届……」
すべてを言い終わらないうちにスマホを手にした代行が遮った。
「保科。一年生の先発隊が着いたってさ。さっさと戻ろう」
あ、と短く応えて保科さんは私をちらっと見ると、もう歩き出していた代行の後を追った。
その場に取り残された私。
いろんなものから取り残されているこの現状を、まざまざと思い知らされたみたい。