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背負うものも戻る場所も



「――よう、花帆じゃないか?」


 偶然というのは得てして重なるものかもしれない。

 自動ドアからエントランスへ入ってきた黒縁メガネの青年が、出会いがしらに声を掛けてきた。


「代行……?」


 私は巽とのやり取りで強張っていた表情筋を努めて緩めようとした。

 でも私の放つ微かな動揺と殺伐さの残香だけで、勘の鋭い代行が不穏な気配を察するには十分だった。


「トラブってるのか?」


 ちらりと巽に目を向けて、さりげなく私の横に並ぶ。


「ううん、別に」


 訝しげな視線を送る代行とは対照に、巽は私たちがどういう間柄なのかと、興味深そうにしげしげとこちらを見比べる。


「へえ、花帆ちゃんにも友達がいたんだな」

「……君は、1年生だよな。確かテスト前に一度バド部の練習を見に来たことがあったな」

「そうでしたっけ」

「新歓の時期外れの見学だったんで、記憶に残ってるよ」


 飄々とした巽の態度に、その奥の魂胆を探ろうとして代行の眼がぎらついたようだった。


「そうか……。名都のことを調べてる奴がいるって、部の連中が言ってたな。陰でコソコソ嗅ぎ回ってたのが君か」


 代行は、本当に頭の切れる男だった。


「なぜ花帆に付きまとうんだ? 君のしてることは不快だから、やめろ」


 端的な物言いが余計に言葉の鋭さを際立たせる。


 部内ではあんなに優しくて穏やかだった代行が、外部の人間に対してここまで排他的になれるということに、私は驚くばかりだった。


「不快って、それはアンタの事情でしょう。俺が指図される謂れはないね」


 巽はかつて自分のことを物語の引っ掻き回し役だと例えたけど、それを知っていたからこそ、私には巽の吐いた台詞が何の意味もこもっていないペラペラな挑発だと判った。

 だけど、それに気付いたのは代行も同じ。

 ペースに乗せられないように一呼吸おいて、彼は巽に訊いた。


「あちこちから情報を集めた君の見立てで、どう思う? 宇野(うの)名都に何が起きたと思う?」


 繰り出したジャブを容易(たやす)く躱されたと知り、巽はひどく退屈そうな顔をする。

 頭をボリボリと掻いて、


「……イジメられて自殺したとか、借金負ってソープに沈んだとか、嬉々として語りたがる輩の話にはまったく信憑性がないね。結局何もわからずじまいさ」


 そう言ってから、ニタリと意地汚く(わら)った。


「まあ、俺の見たところ、アンタらなら顛末を知ってると思うんだけどね――」


 代行も何か言葉を発したようだったけど、私の声がそれを上から掻き消した。


「女々しい奴」

「……はあ?」

「そうまでして眞輔の隣を陣取りたくて必死? あの子の見るものすべて、先回りして知っておかないと気が済まないんでしょ。そうして理解者を演じたつもりになって、見てるこっちは痛々しくて仕方ないのよ」


 突然のことに巽は呆気に取られたようだったけど、すっと眼から光が消えて、静かな怒りを(たぎ)らせた。


「お前に何が解んだよ」

「冗談やめて! アンタのことなんて解りたいとも思ってない!」


 私は踵を返し、競歩に近い速度で出口に向かう。

 反応の遅い自動ドアに半ばこじ開けるように両手を掛けて、身体が通る隙間ができるとねじ込むようにして外へと飛び出た。


「花帆!」


 歩き続ける私の後ろを代行が追ってきた。


「なんなんだアイツ。お前、何があったんだ?」


 私は感情的になりすぎて潤んだ瞳をゴシゴシと擦り、大丈夫だから、と取って付けた笑顔を見せた。


「困ってることがあるなら、俺に話せよ」


 代行は、優しすぎる。

 自分には背負うものも戻る場所もあるというのに、それを放り投げて逃げ出した私のことをいつまでも気に掛けて。


「名都の件、俺にも責任があると思ってるから」

「そんなこと、言わないでよ……」


 代行は何も知らない。

 知らないなりに、十分すぎるほどに支えてくれた。

 それでも責任を負うと言うのなら、当時名都の一番近くにいた私は一体どれだけの罪を負わなければならないんだろう。



 忘れもしない。去年の11月のあの日――。


 代行は要領を得ない私の電話一本で、不慣れな運転で隣県から車を飛ばしてくれた。

 名も知らぬ道の駅の駐車場の片隅で、抜け殻のように呆けていた私を見つけてくれた。


『名都が……!』

『落ち着け。名都がどうしたんだ?』

『わからない……!』

『何があったんだ?』

『いないの……! どこを探しても、名都が……!』




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