私はエンターテイナーじゃない
「お前もここの図書館使うんだな。中央館に比べると狭いけど、静かで自習場所としちゃ穴場なんだよな」
そんなこと知ったこっちゃないけど、適当に頷いておく。
そうしながら心の中で、金輪際この棟には近づかないことを固く誓う。
「その浮かない顔つきじゃ、充実した夏休みは過ごせなかったみたいだな」
大きなお世話よ。
巽は思い出したように腕にぶら下げていたビニール袋をまさぐり、よく見かける個包装のチョコレート菓子を取り出した。
「やるよ。休み中に旅行してさ。その土産」
「お土産? これ、どこにでも売ってるやつじゃない」
「そうだよ。さっきそこの購買で買ったから」
はあ? お土産の意味理解してんの?
「こういうのは気持ちだろ。どこで買ったかじゃなくて」
話にならないし話す気もなかった私は、さっそく包装を破いて中身のチョコを口に放り込み、軽く会釈して立ち去ろうとした。
でも巽はそれを許さない。
「聞きたい事あるんだけど」
「君って本当、聞きたがりだね」
「お前最近、眞輔のこと避けてるだろ」
眞輔が原付の旅に出る直前に会ったきり、約ひと月のあいだ私たちは顔を合わせていなかった。
それはずばり巽の指摘したとおり、私の意図によるものだった。
無事に北国から生還したという知らせを受け、何度か会おうと誘われたけど、なんだかんだと理由を付けて断り続けた。
心理学概論の講義も前の学期で終了したから、示し合わせでもしない限り眞輔と会う必然はない。
それは私にとっては都合が良かった。
「もしかして、俺のついた嘘をまだ根に持ってんの?」
眞輔には恋人がいるという嘘。
その目的は私を落胆させてからかうことだけじゃなく、焚き付けてひと波乱起こさせようって狙いもあったんだろう。
だとすればすべて企みのとおりとはいかないまでも、結局私の心情が揺れ動いてしまったこの現状は、巽にとって面白くないはずがない。
「素直になれよ。俺の思惑に抗いたいのはわかるけど、それで眞輔を遠ざけるってのは違うと思うぜ」
「そういうんじゃないから」
「あ、違うんだ? じゃあなんで?」
……このまま自然に眞輔に惹かれていくのは、心地が良い。
でもそれは同時に、名都への想いを風化させることに繋がる。
名都を忘れるために眞輔を利用するようで、それって一番してはいけないことだと思ったんだ。
名都に対しても、眞輔に対しても。
「お前は、アイツを侮りすぎだろ」
「どういう意味?」
「思ってるほど鈍感じゃない。花帆が何に苦しんでるかまではわからなくても、何かに苦しんでることくらいはとっくにわかってる」
「アンタ、眞輔に何か教えたんじゃないでしょうね」
名都について――。
「やるかよ。俺は傍観者だって言っただろ。でもな、このまま殻に閉じこもりっぱなしってのは、観客からしたら一番つまんない展開だぜ」
ふざけないでよ。
私はエンターテイナーじゃない。
誰かを面白おかしく笑わせようとしてもがいてるんじゃないんだから。




