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この夏嵐に閉じ込められて



 私と同じく天気予報のチェックもせず、男友達と河原でバーベキューして、帰宅途中にこの大雨に降られたという。

 濡れに濡れながらアパートにたどり着けたはよかったけど、そこで家の鍵を紛失したことに気付いたらしい。

 まさに泣きっ面に蜂。


「探しに行こうにもこの嵐でしょ」

「というか、もし河原に落としたんだとしたら、この増水で流されて一生出てこないわよ」

「だからとりあえず、ご近所さんに助けを求めに来た次第です」


 また風邪を引かせるわけにもいかないとシャワーを貸してやった。

 こんなことになるならもっと念入りに風呂掃除しとけばよかったと悔やみながらも、この隙に散らかった部屋をいそいそと片付ける。

 ええい、ひとまずなんでも押し入れに詰め込んでしまえ。


 高速で作業を進めながら、壁を挟んだ向こうから聞こえるシャワーの音に耳を傾け、今しがたの眞輔の姿を思い返す。

 艶やかにてかる髪と滴る雫。

 濡れたポロシャツの下に透ける褐色の肌の肉質。


 強烈な日差しの下で見た彼の胴着姿が浮かんだ。

 うらやましいほどに、眞輔にはいろんなものが似合ってしまうんだな。

 異性に嫉妬なんておかしな話。でも悔しいと思った。


 眞輔は15分ほどして洗面所から出てきた。

 安っぽそうな生地の白いTシャツとグレーのボクサーパンツを身につけて。


「花帆が帰ってくるまでに、コンビニに走って見繕ったんです。茉以ちゃん家の二の舞を踏まないようにってね」


 眞輔は得意げだったけど、そんな恰好じゃ私が目のやり場に困るじゃない。

 これでも着ときなさいって、返しそびれていたあのパーカーを投げつける。


「ねえ、本当に泊まるの?」


 と聞くそばから窓の外で雷鳴が轟き、この雨風の中を追い出すのは気が引けてしまう。


「そうだ。巽も一人暮らしでしょ。車で迎えに来てもらいなよ」

「バーベキューのメンツにアイツもいたんだよ。酒盛りしちゃってね。さすがに飲酒運転はさせられないな」


 眞輔は細かな水滴の付いたコンビニ袋をドンとテーブルに置いた。

 中には何本ものアルコール飲料の缶が入っているようで、


「これを手土産に、なにとぞ。実は一緒にアイスも買ってたんだけど、溶けそうだったから俺が食べといた」


 なんだかひどく脱力してしまった。


 パーカーを羽織ってあぐらをかく眞輔は、缶ビールを飲みながら部屋の中をゆっくり見回すと、


「茉以ちゃんの部屋に比べると、随分と殺風景だな」


 女っ気がなくて悪かったわね。

 あの部屋みたいな甘ったるい空間、常にいたら窒息するわよ。


「あのさ、テレビ、なんで伏せてるの?」


 テレビ台の上にあるモニターは液晶画面を下にして倒し、コンセントも抜いている。

 ずっと前からこの状態だ。


「壊れちゃってて。勝手に画面が点いちゃうんだ」

「なんかポルターガイストみたい。……そうそう。俺の身に起こった身の毛もよだつ話、聞く?」

「お盆だからってそっちに寄せてかなくていいのよ」

「俺、ここのところ悪夢に悩まされてる」


 至極真面目な顔をする眞輔。

 いやらしくも、タイミングよくゴロゴロと雷が唸る。


「……片手にヘルメットを持った花帆が、無言で横たわる人を殴り続ける夢。この前の光景が脳裏に焼き付いたのかな」


 私は手の平をグーにして、パーカーの上から眞輔の肩を殴りつける。

 誰の助けで命拾いしたってのよ。


 おかげで私の頭にもあの夜の記憶がひととおり駆け巡る。

 そして最後に思い出したシーンは、私の頬に手を当てる眞輔の優しい笑顔。

 それが今も目の前にあることに気付いて、不覚にも拍動が速まるのを感じた。


 右足首が勝手に疼いて、もう一度その大きな指でなぞってほしいと、欲望が滲み出す。

 抗えない衝動。

 この想い、猛暑が見せた一時のまやかしだったのだと、そう思い込んでいたかったのに。


 この夏嵐に閉じ込められて、密室に二人。

 何かを漏らしたとしても、雷雨のノイズがすべてを掻き乱して誰にも知られずに済むのではないかと思えた。


 勇気が欲しくって、手に握る缶チューハイの中身を一気に食道に流し込む。


「わっ……、私……」

「うん?」

「…………」


 だめだ。足りない。

 空になった缶を放り、テーブルの上の新しい缶を掴み取る。

 手荒にプルタブを引いて、無理矢理に喉を鳴らして一息で半分は胃に落とした。


「あっ、あっ……」


 あまりの緊張に頭の中が真っ白になるようだった。

 もしここで深呼吸でもしようものなら臆病癖のままに言葉を飲み込んでしまいそうで、私は思考するのをやめ、ただ声を発することだけに集中する。


「あっあたし……、好きだなぁ……」




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