だって今はサマーだよ
◇
茉以のバイト先のドーナツチェーン店では、系列店舗で使える従業員用の割り引き券が配られる。
その使用期限が近づいているからと誘われて、平日の昼下がりにわざわざ駅前のショッピングモールまで足を運んだ。
「ね~! ホント、困っちゃう~!」
相談事があるという話だったけど、さっきから延々と新しくできたボーイフレンドとのノロケ話を聞かされているだけ。
大学の一年先輩のイケメンだって。
私は死んだ目をして荒々しくドーナツを食いちぎる。
そう。この女、ついこの前までストーカーだなんだと騒いでおきながら、水面下でちゃっかり彼氏を捕まえていたのだ。
それも、よりにもよって私と眞輔が暴漢と死闘を繰り広げていたあの晩、件の彼とドライブデートを楽しんでいたというのだから呆れ果てる。
極めつけはその馴れ初め。
「この店でバイト中に、お客さんとして来てたカレが突然連絡先の書いた紙を渡してきてね~」
まんま、ストーカーのときと同じじゃねえか。
「あの小太り薄らハゲと一緒にしないでくれる?」
イケメンに限る、という文句の体現を目の前で見せられた思い。
「それで、花帆の方はどうなのよ、最近」
「逆に訊くけど、私になんかあると思う?」
茉以は目を細めて私を眺め、にやりと口角を上げた。
「おかしいと思ったんだぁ。眞輔っち、結局フリーだったんでしょ。だよね。だって付き合う子がいるんだとしたら、それは花帆でしょってくらい、アンタたち仲良しだったじゃない」
思わず、そう? と聞き返しながら若干の前のめりになる私を見て、茉以は爆笑した。
「アンタ、バレバレだってぇ……!」
カマをかけられた。
顔が真っ赤に染まるのを感じながらぎこちなく姿勢を戻し、目を泳がせてコーヒーを啜る。
「恋の吊り橋効果かな~? 私のおかげじゃん」
まったく、この女は……。
「それで、いつ告白すんの?」
「しないわよ」
「しないなんて選択肢ある? だって今はサマーだよ?」
どういう理屈よ。
「私たちの仲の良さって、そういう感じじゃないんだよね」
「だからこそアンタからモーション掛けて、眞輔っちを意識させなきゃなんないんでしょ」
あー、もう。茉以に恋愛指南受けるなんて勘弁してよ……。
モールを出ようとしたら土砂降りの雨。
夕立なんて運がないな、と思っていたら、茉以は計ったようにバッグから折りたたみ傘を取り出した。
準備がよろしいこと。
「なに言ってんの? これ、夕立ちじゃなくて台風の影響よ」
「え、そうなの?」
「アンタねぇ、時事ニュースはまだしも天気予報くらい関心を払いなさいな」
私たちはいったん引き返し、モール内のコンビニで傘を調達した。
先月に買ったばかりなのに、余計な出費だ。
台風の直撃は今晩から明日未明にかけてとのこと。
途中で茉以と別れて、ドタドタと傘に衝突する激しい雨音をすぐ耳元に感じながら、ひとり家路を歩く。
強風でうねる雨滴の群れがアスファルトで白く弾かれて、まるで波打つ蛇のように路面をまとう。
むわっと足元から湧き上がる、地熱を吸い取って生ぬるく湿った土埃の匂い。
押し付けるような風圧が、私を取り巻くいじらしさをさらに内へと追い詰めるみたいだった。
……吊り橋効果。
たしかにこの感情を認識したのはあの出来事がきっかけだったと思う。
だけど、それに至った私と眞輔の関係性って、これまでに積み上げていたすべてのことがあったからこそで。
たぶん、少しずつ惹かれていたんだ。
でも見て見ぬフリをしていた。
私は眞輔と対等でいたいと思っていた。
彼に焦がれる、そういう“ありがちな女子のひとり”にはなりたくなかった。
だからたった7日にも満たない年の差にしがみついて、先輩という立ち位置に固執していたんだと思う。
どうしたらいい?
もしこの想いを知られてしまったら私たちは対等じゃいられなくなる。
もう二度と、胸を張って眞輔の隣を歩くこともできなくなる気がして。
そんなことを悶々と考え耽っていたので、視野が狭まっていたらしい。
アパートの共用廊下のつきあたりに位置する私の部屋、その前で起きている異変に気付くのが遅れてしまった。
玄関のドアにもたれ掛かって、ずぶ濡れになった眞輔が座り込んでいたのだ。
「あ、おかえり」
驚きで硬直する私に向かって、照れるようにはにかみながら、
「いろいろ端折って、結論だけ言います。一晩泊めさせて」




