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じゃあもう帰るか




 高校まで普通にあった始業式という習わしは大学には無い。

 離れがたい春休みに別れを告げて学友との再会を喜び合い、

 「いつまでも休みボケしてねーで、こっからブースト上げてくからよ。気合い入れてけやオメーら」

 と気持ちを新たにする儀式。


 そういうのが一切ないまま平然と日程が進んでしまうので肩透かしを食う気分。

 もうスタートしてる?

 いいんだよね、これで?

 っていう。


 新入生だった去年はもっと手厚い歓迎みたいなものがあったはずだけど、上級生となるともう、本当に手放し。

 子供じゃないんだから、そういう確認作業は各自でしておきなさいってことだろう。


 休み明け一番の学科の講義を終えて教室にはザワザワと喧騒が満ちている。

 履修科目次第では人によって次の出るべき時限も日もまちまち。

 未だに時間割を埋めきっていない子たちが団子になって固まって、分厚い要覧(ようらん)を手にワチャワチャと談義にふける。


 次は私、あの授業取るよ。これラクそうなんだって。評価はレポートだけだもん。

 そんなやり取りを尻目に私はひとりサクっと教室を出ていく。


 他の学部の開設授業に出るために、隣の隣、そのまた隣くらいの棟まで、5分ほどかけてキャンパスを歩くのだ。

 その道中は毎年この時期恒例の、各サークルによる新入生へのキャッチセールス合戦。

 勧誘チラシの紙吹雪が舞う。


 なんなのよ、このウザいくらいの活気。

 いつもの5割増しはある人の密度と無秩序に止められた自転車の群。

 私はただ足早に駆け抜けるのみ。



 普段まったく関わりのない学部の授業って、知らない顔ぶれの中に埋もれていられるから、好き。

 〝見知った〟くらいの距離感が一番しんどくて、学科のクラスでは空間にいるだけでチクチクと視線が刺さるようで息苦しい。

 でもなんだろう。私を知らない人たちで構成されたざわめきの中では不思議と自然体でいられる。

 照明の落ちた部屋でプロジェクターが淡々と写す文字の羅列に、いつもより穏やかに視線を預けられる気がする。


 溶け込んでいるんだよね。

 いつもどこか不格好で浮いてしまう私でも、認知すらされないコミュニティでは上手に背景になれている。

 そこに私の存在の意味なんてないんだろうけど、だからこそ、その立ち位置が心地良い。


 意味なんて持たなくてもいい。

 存在していることに関心さえも払われない場所。

 そんな色味の無い場所にばかり、私は好んでフラフラと居つくようになってしまったんだな。



 4限の講義が少し早めに切り上げられて、時刻はまだ午後3時の手前。

 以降の予定は特にない。

 どの講義もまだほとんどガイダンスで復習することだってないから、じゃあもう帰るかって。


 大学ってところは来るまでが億劫でも来てさえしまえばこの程度。

 ユルすぎてあくびが出るわ。

 と言いつつ、この束縛とは無縁のユルさというものが怠惰を生み出す元凶なのだとも思う。



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