何よりも一番怖かったな
――――両腕で頭を覆うようにして一心に打撃を耐える眞輔。
鈍重な音がいくつも続いて、そのうちのひと振りが逸れたらしく、原付の表面にぶつかった。
何かの砕ける音と飛び散るプラスチック片。
その破片が目の前を横切ったとき、自覚なく、私は動いていた。
両手に握りしめたヘルメットを頭上に掲げ、男の後頭部に向けて力の限り振り下ろす。
それは完璧な軌道を持って男の急所に直撃した。
尋常じゃない反動でヘルメットは私の手をすっぽ抜けてどこかへ飛んでいき、その衝撃をまともに受けていくつかの指が痺れたようだった。
ギッと短い悲鳴を上げて地面に転がる男を見て、私はとっさにそのみぞおちの辺りを右足で蹴り上げる。
これもまた、反動でサンダルが鼻緒と靴底の部分で分離しながら視界の外へ飛んでいったけど、気にしなかった。
素足のまま、その脚を力任せに何度も男の胸部にぶつける。
友達を助けなきゃ、なんとかしなきゃって、ただそれだけの想いが私を突き動かして、見ず知らずの男に蹴りを喰らわせ続けるのだった。
「この、ガキ!」
不意に男が私の足首を掴み、勢いよく引きこんだ。
私はその場に尻もちをついて腰を打ちつける。
男の握力で締め付けられる右足はなぜか痛みを感じなくて、もうとっくに感覚をなくしてしまったようだった。
男の元に引き寄せられそうになるのを必死で抵抗して、何か掴まる物はないかとうつぶせに身をひるがえしてもがく。
でも指先は粗いアスファルトの表面を掻くだけで、肌が剥けていくようだった。
がくっと、急に身体が軽くなった。
振り返ると、眞輔が原付をどかして自由になったようで、背後からガッチリと男を羽交い絞めにしているところだった。
大柄な眞輔と比べると男はとても小さく見えて、抑え込む太い腕からは万が一にも逃れられないだろうと思えた。
「先輩、ナイスです」
この修羅場に似つかわしくないほど、眞輔の声は落ち着いていた。
「携帯で、警察呼んで」
◇
道端の縁石に腰掛けた私は、眞輔と二人組の警官が立ちながら話し込んでいる様子をぼうっと眺めていた。
パトカーの回る赤色灯と、遠くに野次馬らしきいくつかの人影。
なんだかちょっと気恥ずかしいな。
警察への簡単な状況説明を終えたら私たちは念のために病院で診察を受けるらしい。
あれだけ痛めつけられたっていうのに眞輔はピンピンしてて、後日判ったことでは、このときの怪我らしき怪我は原付がのしかかってきたときの打撲だけだったんだって。
あの男がすこぶる非力だったのか、眞輔の身体がアホみたいに頑丈なのか。
警官と話し終えた眞輔がこちらに駆け寄ってきた。
私はひどく疲れきっていたけど、心配させないようにと笑顔を向ける。
でもそれに応えることなく、彼は真剣な顔つきで私の前にしゃがみこんだ。
黙りこくったまま、そっと両手で包み込むように私の赤くなった右足首に触れる。
格闘技のジムで習ったのか、怪我の程度を触診するようにゆっくりと関節を回す。
次いで痺れた手の指の一本一本を丁寧に撫で、そして目線を上げて頬にぴたりと手の平を当てた。
眞輔の瞳が何を訴えたいのかを汲み取れなくて、私も彼の目を覗き返す。
少しのあいだ私たちは言葉無く見つめ合った。
「……無表情でひらすら死体蹴りを続ける花帆が、俺は何よりも一番怖かったな」
そう言って眉間を緩ませて、あのいつもの優しい笑顔。
私は目頭が熱くなって、縁からぽろぽろと雫が溢れ出す。
止められない。
止める必要もないんだって。
私、この笑顔をまた見られて、心から安堵してる。




