もう隙間なんてないんじゃない?
◇
夜の学生アパート群。
大通りから少し入り組んだ路地にはほとんど車通りもない。
頭のサイズに対して大きすぎるヘルメットを被り、不格好にバイクに跨る私。
風を受けると寒いだろうからって、眞輔が貸してくれたブカブカのパーカーを羽織って。
初めこそまごついていたけど、コツさえ掴めばあとはスイスイだった。
自転車よりもタイヤの幅が広い分バランスを取りやすいし、右手のハンドルを捻るだけで前に進んでくれるというシンプルな操作性、むしろ使い勝手がいい。
「よし。寝込んでた分鈍った身体を私が鍛え直してやろう」
「正気か? 病み上がりですよ」
軽く流すようにジョギングする眞輔と、それを後ろから追い立て囃すようについていくスクーターの私。
そんな構図で私たちは夜の街をノロノロと走り出した。
流れるぬるま風が火照った身体から体温をいくらか持っていってくれるみたい。
風呂上りの直後に外に出ることなんて随分と久しぶりだな。
脂の落ちたまっさらな肌に滑る空気の心地良さを感じる。
どのくらい走ったんだろう。
前方に見覚えのある自販機が見えてきて、眞輔が私を振り返って指を差す。
覚えてる。
あれは私たちが初めて出会った場所。
眞輔は立ち止まって、ちょっと休憩、って膝に手を付いた。
私も原付を減速させて綺麗に停止させたまではよかったけど、スタンドの立て方がわからずヨタヨタする。
眞輔が車体の反対側からハンドルを掴んでくれたので、後を任せて手を離した。
「何か飲みます?」
軽々と原付を固定させた眞輔は、蓋を開けるように座席部分を開いて中から財布を取り出した。
私もポケットをまさぐってみるけど、どうやら家に置いてきたらしい。
「あ、じゃあお言葉に甘えて……」
「いや、奢るとは言ってないです。あとで返してください」
「はあ? コーチ代だと思って気前よく出しなさいよ」
カツアゲかよ……、と小さく呟く眞輔の前で、私は口を一文字にして桃味の缶ジュースに向け人差し指を突き立てた。
ボタンを押すと、お釣りの硬貨が筐体の中をガチャガチャと転がる音。
でも近くに街灯がないせいで釣り銭口のあたりは真っ暗だ。
「うわあ。私、あの中に手を入れる勇気ないな」
「どうして?」
「何が入ってるかわかんないじゃん。虫とかいたらって思うと……」
「へえ」
眞輔はちょっと小馬鹿にするように私を見て、ためらうことなく手首を突っ込んだ。
引き出した手の平の上にはやっぱり小銭しか乗っていなくて、
「予想外のものが出てきたらって、ちょっと期待したんだけどな」
縁起でもないことを言う。
でもこうして隣に眞輔がいてくれるなら、ちょっとくらい恐怖体験をしたって2人で笑えちゃうのかもね。
辺りを見回すと、道路を挟んだ向かいにはかつて訪れた運動公園。
どちらが先導するでもなく、私たちはその中へと歩いていく。
園路の両側は林のような密度で樹が植わっていて、その中に無数に潜んでいるだろう蝉たちのけたたましい叫声があちこちでぶつかり合う。
頭上を振り仰ぐと、もうこの空間に隙間なんてないんじゃない? ってくらいに、ジリジリという音が何重にも折り重なって飽和している。
夜風に乗って、ふっと優しげな匂いが鼻をくすぐった。
それが自分の頭から漂うシャンプーの芳香だと気が付く。
なんだか胸が弾むようだった。
夏はこうでなくちゃいけないって、今は夏休みなんだって、やっと実感できたのかもしれない。




