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出不精になるこのサイクル




 助手席に乗り込むと、車内は冷房を効かせすぎていて、思わず露出した腕を交差して胸を抱いた。

 その仕草にいち早く気付いた巽はクーラーを切ってから後部座席を顎で示して、


「後ろに膝掛けがあるから、使えよ」


 その気配りに素直に従いたくなくて、私はあえて無視をする。

 巽は愉快そうに笑って静かに車を発進させた。


 どうせすぐに皮肉のひとつでも飛び出すのだろうと身構えていたけど、巽はずっと無言のまま。

 本当にただ私を送ってくれるだけみたいで、なんだか気抜けしてしまう。


 安定した走りに身を任せて、続くカーブの程よい遠心力を受けながら夜景を眺めてると少しずつ気分が落ち着いた。


「ねえ。眞輔の彼女って、どんな子?」

「なに? 気になるの?」


 予想以上に喰い付いてきたのでしまったと思う。

 でもあとの祭り。


「フツーの女だよ。花帆以上につまんない奴」

「それって、よっぽどじゃん」


 巽は声が漏れるのをこらえるようにして笑う。

 癖なのだろうか、その笑い方に嫌な印象はない。


 恋人がいたって条件が揃えば浮気くらい簡単にできてしまう。

 年頃の男って誰もかれもそうなんだろうか。

 だとしても、そんな世間のありさま、同調する気にはなれない。

 ガキくさいって言われても構わない。


 友達、やめてしまおうか。

 そんな破滅的な考えがよぎる。


 裏切られたってわけじゃない。

 でも、なんかもう色々と疲れちゃったなあ。


 よく見知った通りに出て、この車窓を流れる景色、名都の車の助手席から何度も見たなって、やけに懐かしく思った。

 なんのしがらみもなく手放しで楽しんでいた頃を感傷のままに振り返るなんて、惨めなことかもしれないけど。


 私はあの夏が恋しかった。


「名都はね」


 ポツリと言った。


「死んでなんかいないよ。誰が言ったのか知らないけど、そんなのデタラメだから」


 巽は表情を変えず、慣れた手つきでハンドルを捌きながら聞き返す。


「今も会うの? 連絡は取り合ってる?」


 少し間を置いて、私は首を横に振った。


「それってさあ、傍から見れば死んだも同じじゃない?」


――――私の中で、あの夏の景色がグサリと音を立てて歪んだ。


「もういい。降りるから停めて」


 そう言いながらロックを外し、走行中にもかかわらず無理やりドアを開けた。


 車内に舞い込む荒々しい風と騒音。

 一気に気圧がいくらか変わったみたい。

 足元にはアスファルトが高速で流れていく様が見える。


「何やってんだ、お前!」


 もともと赤信号に差し掛かろうとしていたからそこまでスピードは出ていなかった。

 それでも巽は大慌てでブレーキを踏みこむ。


 タイヤが音を立てて急停止したとき、ちょうど私もシートベルトを外し終わったところだった。

 座席から地面に降り立ち、そのまま振り返らずに歩いていく。


「お前!」


 怒鳴り声を背中に浴びながら、馬鹿なことをしたと自分でも思うけど、それでも怒りが収まらない。


 最悪の夏の始まり。

 19年間で一番ひどい夏休み初日だと思う。





 あれから1週間。

 せっかくの夏だというのに私は部屋にこもって過ごした。

 大型休暇のたびに出不精になるこの生活サイクル、いい加減どうにかしたいと思うけど。


 今日も特に何をするでもなく無味乾燥に日が落ちた。

 夏休みなんだから、やろうと思えばなんでもできたはずなのに。


 戸棚にストックしていたそうめんを湯がいてザルに移す。

 シンクに捨てた湯からワッと湯気が昇って、顔にかかる小麦粉の香りを絡めた熱気。

 自炊を始めて知ったこの季節特有の匂い。


 また巡ってきたんだ。

 こんなところに夏らしさを見つけてしまうなんて、ちょっとおかしいけどね。


――――去年の夏休み初日。

 名都と思いつきで海へと走ったドライブ。

 なんの下調べもなく出発した私たちは当然のごとく道に迷って散々な目に遭ったけど、だからこそたどり着いた海岸線の眺望には受ける感動も一入(ひとしお)だった。


 浜辺まで降りて、靴や服が汚れるのも構わずに砂の上に腰を下ろす。

 既に日の暮れどきで、水平線近くまで沈んだ太陽から伸びる光が水際の濡れた浜を眩しいほどに輝かせていた。


『サンシャインはサンシャインでも、もう西日だね』


 柔らかな潮風とさざ波の音に包まれて、同じ空気の中、同じ景色を見ていた2人。

 感じる穏やかな心地ですらも同じはずだと、そう勝手に思っていた。


 確かめ合うこともせずに。


 ただ寄り添って彼女と同じ夏の中にいた。

 あの子を蝕み続けていた影の存在になど気付くこともないままで。



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