最低限の防犯意識
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悲しいかな、今年の夏休み初日は茉以のアパートに眞輔と私の3人。
どうしてこうなったって思いを拭いきれない。
ついにストーカーが大学の構内にも現れたって茉以は取り乱してたけど、それらしい人影を見たってだけで特別な被害はなかった。
ただ、こうなるともう部屋の所在も割れてるんじゃないかって。
つきっきりというわけにはいかないけど、定期的に男が出入りすることで相手への牽制になるかもしれない。
それでこの場に眞輔が呼ばれたってとこ。
「ごめんね~。退屈かもしれないけど寛いでいってね?」
茉以は猫なで声で強烈なフルーツ臭のする紅茶を振る舞う。
こぢんまりとした乳白色のテーブルにはチェックのクロスが掛けられていて、その周りには小奇麗な座布団が人数分。
私自身、茉以の部屋にお邪魔するのは初めてだけど、その乙女趣味のゴリ押し感に背筋がゾワゾワくる。
お前ぜったい普段こんなんじゃないだろ、って私がウンザリ顔をするたびに茉以の刺すような視線が飛んでくる。
事前に眞輔は彼女持ちだって伝えていたんだけど、茉以は気にもせず、そこから始まる恋があっても良いんじゃない? ってどこ吹く風。
良いわけないでしょう。
「眞輔クン、ガタイ良いね~。 スポーツやってたの?」
「高校まで格闘技やってました。今は学内の拳法部」
「カッコイ~! 今度練習見に行っちゃおうかナ」
あーあ。早くストーカー来ないかな。
トイレに行くフリして席を立ち、思い立って台所の冷蔵庫を勝手に開けてみる。
中にはぎっちりと缶ビールが詰まっていて思わず吹き出してしまった。
「ちょっと花帆、アンタ何やってんのよ!」
「飲まないとやってらんないっすよ」
了承も取らずにひと缶開けてグビリとやりつつ、2人の分も抜き取った。
茉以は恨めしそうに私を睨んだけど、茶番劇にここまで付き合ってあげただけ感謝してほしいくらいよ。
アルコールが入ると茉以はすぐに地を出した。
「ったくよー! キモいんだよオヤジがよー! 女子大生とお付き合いしてえなら専用のアプリでも使って相応の金出せってんだよー!」
その醜態に眞輔は腹を抱えて笑っている。
「なに笑ってんだよ新入り!」
「おい新入り、酒切れてんだろ! 持ってこいよ!」
「一年生を下っ端呼ばわりっておかしくないですか?」
「はあ?」
「私ら人生の先輩だろ? 黙って従えよ新入り」
酔いに任せての後輩イビリは快感だった。
巻き込んでおきながらこの扱い、申し訳ないにも程があるけど、楽しいのだから仕方がない。
こんなに笑ったのは本当に久しぶりでついつい酒も進んでしまった。
「眞輔、アンタさっそく学科の女に手出したらしいな?」
「なんの話ですか?」
「しらばっくれんじゃないよぉ!」
冷蔵庫にビールを取りに行った眞輔は手ブラに困り顔で戻ってきた。
「酒、もう切れちゃったみたいだけど」
買い出しに行くかって話の中で私たちは唐突に本来の目的を思い出した。
ストーカーの標的である茉以がむやみに出歩くのは控えるとして、眞輔が抜けると部屋には女子しかいなくなる。
それは危険だろうって、結果私がパシリを請け負うことになった。
そもそもストーカーに怯える中で酒なんか飲むなって話。
まあ、その流れを作ったのは私なんだけどさ。
ひとり愚痴りながら最寄りのコンビニまで10分程度の道のりを歩く。
もう夕飯時はとっくに過ぎていて、いくら日が長くなったといえど空には薄ら闇が広がっている。
それでも空気はまだまだ温かくって、こんなに遅い時間でもブラブラと出歩くことが許されるように感じてしまう。
そんな夏の初めの宵時。
買い物を終えて気持ちゆっくりと歩いて茉以の部屋に戻った。
でも玄関ドアがロックされてて入れない。
最低限の防犯意識が残ってたのは褒めたいところだけど、いくら呼び鈴を鳴らしても中からの反応が無い。
換気扇の排気口からしけった甘い空気が吐き出されてるのに気付いて、その隣のすりガラスを覗き込んだ。
たぶん風呂場の小窓だと思うんだけど。
人を働かせといて自分はひとっ風呂なんて、ほんと良い根性してるわ。
「おーい。茉以。ストーカーはまだしも私まで締め出す必要はないでしょうよ」
小声で呼びかけてみるものの、シャワーの音でかき消されて届いてくれてないみたい。
こつこつとノックでもしてやろうと思うけど、まさにストーカーが来たと勘違いさせても申し訳ない。
そんなところに気を遣って突っ立ったまま考えを巡らせてると、小窓の向こうでガタンと何かが崩れる音がした。
続く野太い「うわっ」という声。
――――眞輔?
シャワーを浴びてるのは眞輔?
「なんで?」
嫌な予感がした。




