興味ってのは君にじゃなくて
◇
1限のテストを終えて、この時間、比較的人気の少ない学食に入り一息つく。
出来はまずまず、かな。たぶん合否基準の点数を下回ることはないだろう。
今日は午後にも2つテストが控えてて、そのために最後の追い込みだって、空席について鞄から勉強道具を取り出す。
あれ、筆箱どこ行った? って鞄の中をまさぐっていると突然声を掛けられた。
「か~ほちゃん」
この学内に私をちゃん付けで呼ぶ人などいない。
聞き慣れないその声を怪訝に思って顔を上げると、目の前には長谷巽。
不覚にも警戒すべきこの男のことを忘れていた。
「どうした、怖い顔して。テスト爆死したか?」
ガタガタと椅子を引いて断りもせず私の対面に座る。
「悪いけど、忙しいんで」
ことさらに冷たく言ったつもりだけど、そんな私の態度を気にする素振りもなく、
「午後もテスト? 無駄無駄。今からやるような付け焼刃でどうにかなるんなら、何もしなくたって受かるでしょ」
こっちは切羽詰まってるってのに、投げ出すようなその言い方、イラッとくる。
正論だと思えるところも余計に。
「君は? 随分と余裕そうですけど」
「曲がりなりにも医者目指してたしね。大学一年でやる理系科目の内容なんて、去年の受験勉強で網羅してる」
事もなげに言ってみせる。
だけど、その退屈そうな物言いにどこか哀愁を感じた。
もしかしたら、巽もこの学校の中で自分の居場所というものを測りかねているのかもしれない。
他の子たちに見合わない能力や価値観、境遇を持ってここに来た。
その違和感は疎外感と紙一重なのだと。
そんなことを思いながらも、次にコイツに会ったら言ってやろうと胸に秘めていた言葉を満を持して持ち出した。
「あのさ。私のこと、面白味のない奴って言ったけど」
「うん?」
「別に君に気に入られるためにここ通ってるんじゃないから」
「あ、そう。それより教えてほしいことがあるんだけどさ」
嘘でしょ?
なに軽く流してんのよ。
くそムカツク。
怒りで固まる私に向かって巽は身を乗り出し、顔を近づけて囁くように言った。
「宇野名都って、何者?」
ドクンと心臓が脈打って、全身に血が巡るのを感じた。
その言葉を誰かの口から聞いたのはもうずっと久しく思える。
「ツテ使って調べたんだ。興味があってね。興味ってのは君にじゃなくて、君を構う眞輔に、だけど」
水を差すようにテーブルの上の携帯電話が暴れる。
茉以からの着信だった。
でも私はそれに目もくれずに、ぐっと巽を見据える。
彼もそれを確認して話を続けた。
「大学ってところは1年のあいだに目まぐるしく人が入れ替わるけど、その中には大っぴらにできない事情で去ってく奴ってのも、一定数いるんだよな」
一言一言をなぞるように声に出して、その都度私の表情を伺うみたいだった。
ふつふつと何かがお腹の底から湧きだして、胸に溜まって息を詰まらせる。
その憤りは怒りのためか、哀しみのためなのかも、わからない。
「名都って子、去年は在籍してたようだけど、今年になって除籍扱いだね。噂じゃ死んだとか? 自殺か他殺かは不明だけど、どうやらそれに関わったらしい生徒がいるって」
そこまでが限界で、私はガタンと音を立てて椅子から立ち上がった。
「佐伯花帆、お前だろ」
荒々しくバッグと携帯を掴んで、私は大股で食堂から出ていく。
初めは早足だったのが、廊下からエントランスに移る頃には駆け足になって、建物を飛び出してからはがむしゃらに、行く当てもなく走った。
私の異様な雰囲気に振り返る人もいれば、まったく関心を払わない人もいた。
この学校の中のどれだけの人が知っているんだろう。
私を、名都を、そして私たちに何が起こったかを。
細い通りを抜けて人気のない建物の裏側まで、止まらずに走って息が切れた。
膝に手を付いて喘ぐように呼吸を整えていると、私の左手の中で携帯の画面がついているのが目に入る。
茉以からの着信。
巽とのやり取りの最中からずっと、途切れもせず私を呼び続けていたらしい。
放っておこうとも思ったけど、なんだか妙な胸騒ぎを覚える。
まだ息が上がったままで、とりあえず通話を開いた。
「花帆? 助けて!」
開口一番に茉以はそう言った。
「アイツがいる! このキャンパスに!」
「誰……?」
そう聞き返す途中で、もう私の頭に解答が閃いていた。
この子をつけ狙うストーカーのことだと。
電話越しの息遣いで今にも泣き出しそうなくらいの茉以の焦燥がわかる。
この小さな電子機器を介してでも痛いくらいに伝わってくる。
「茉以……!」
携帯を握りしめて耳に押し付けたまま、今しがた駆け抜けてきたその道を、私は勢いを持って振り返る。




