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それ相応の荷厄介




「ホントいい喰いっぷりだな」


 焼き網の全面に隙間なく敷き詰められた赤身肉と、視界を覆うように立ち昇る油の煙。

 それを飛び越えて対面に座る顎鬚を蓄えた青年はしげしげと私を眺める。


 長谷(はせ)(たつみ)

 眞輔の学科の同期生だという彼の車に乗せられて、有無を言わさず連れてこられたのがこの食べ放題の焼肉店。


「飢えてたのか?」


 私はモクモクとせわしなく口を動かしながら、言葉を使う代わりに眞輔と巽をじとっと睨みつける。

 言っておくけど、この2人だって既に白米を2杯ずつおかわりしている。


「ジュース1本選べって言われて2リットルコーラを指差す女」

「なんだ? マヌケ眞輔」

「アホ花帆」


 そんな私たちのやり取りを、切れ長の目をさらに細めてこらえるように笑う巽。

 その表情はなんだか大人っぽい色気があって、話を聞くとやはりというか、


「浪人生だったんで。年齢的にはタメだね。花帆ちゃん」


 初対面の子をちゃん付けで呼ぶその器量。

 女慣れしているニーチャンを思わせる。


 医者の家系に生まれた彼は、そのしがらみで医療従事者を心指すよう強要されたという。

 ただ、本人にその意思は欠片もなかったらしい。

 結局医学部受験を落ちて、1年遅れでこの大学の一般学部にやってきたというのが顛末。


「一年棒に振ってダメなら親も妥協してくれるでしょ。好きにやらせてもらうためにこっちもそれなりの代償を払ったってとこ。まあウチには既に出来の良い兄と姉がいてくれてるんで、俺への期待も軽減されて助かったよ」


 なんとも贅沢な話だと思うけど、上流階級にはそれ相応の荷厄介も伴うのだろう。

 憧れるような話でもない。


 適当に相槌を打ちながらも、私は追加オーダーでマンゴープリンと杏仁豆腐を3つずつ注文する。


「俺、そんなに食わないぞ」

「はい? 全部私が食べるんですけど?」


 眞輔はハア~とため息を吐いて、お手洗い、って席を立った。

 残された私と巽。

 途端に会話が止まってしまう。


 友達の友達っていう微妙な関係。こういう場面で変にソワソワしてしまう。

 手持ち無沙汰の私はトングで網の上の肉をひっくり返してみるけど、食べごろにはまだしばらくかかりそう。


「眞輔ね。アイツ、彼女ができたんだよ。学科の女。花帆ちゃん知ってた?」


 唐突に振られた話題に戸惑ったけど、私の率直な感想は、〝ふーん、でしょうね〟。

 もう学校が始まって2ヶ月が経つし、手の早い子は恋人の1人や2人作る頃だろう。

 珍しいことでもない。


 ただ、眞輔はのんびりした奴だから、計算高い女に捕まっていいように振り回されなければいいけど、なんて思う。

 たとえば茉以みたいなね。

 それと、恋人に遠慮してこうして私をゴハンに誘ってくれることも減ってくのかな、と寂しくも思ったり。


 一方で、私の顔を覗き込むようにしていた巽は、思ったよりも薄いリアクションに当惑したようだった。


「あれ? あんまり悔しがらないね」

「どうして?」

「眞輔を狙ってたんじゃないの?」


 思わず吹き出してしまう。


 そのあとに襲ってくる、虚脱感。

 男女の間にはとりあえず下心ありきと疑うっていう、恋愛至上主義の風潮、嫌気が差す。

 そういう打算なしじゃ私が眞輔といるのは不自然に見えるってこと?


「アイツって、なんだか主人公みたいだろ。クラスの中心って感じじゃないけど異様な存在感はあってさ。自然と人を惹き付けるんだよね」


 その光景は容易く想像がついて、言い得て妙。

 眞輔は以前チャラ男たちに絡まれた私を当たり前のように助けてくれたけど、そういうことを当たり前にできてしまうってところ、たしかに主人公だな。


「俺はね、新しい環境へ行くとそこでの主人公を探し出すんだ。そういう奴とつるむ方が、つまんない奴らといるよりずっといろんな経験をできるから。楽しいことばかりとは限らないけどね」


 ひねくれてんなあと思いつつも、なるほど面白い観点かもね。

 私は運ばれてきたマンゴープリンを頬張りながら感心する。


「巽くんは、自分が主人公になろうとは思わないの?」

「性に合わないよ。俺はもっぱら傍観者」


 あははと笑ってから、思い出したように付け加える。


「だけど、物語が面白い方向に転がるなら必要に応じて横やりも入れるかな。引っ掻き回し役ってところ」


 ああ、それこそまさに言い得て妙だね。


 話に夢中になっていて、気付いたら肉を焼きすぎていたみたい。

 巽くんは黒く焦げてしまった一切れを箸でつまむと、つまらなそうに空き皿に放った。


「だからさ、今日は本当に期待外れだよ」

「え?」

「アイツがわざわざ呼び出そうって提案する子、どんなクセ者だろうってワクワクしてたのに」


 眼つきそのものは変わっていないのに、瞳からさっきまであった光が消えて、がらっと冷ややかな印象に変わる。

 私を見るその眼には何の感情もこもっていないようだった。

 まるで、焼け焦げた黒い肉片を見るのと同じように。


「君は想像以上に面白味のない奴だからさ」



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