少し寂しかったかな
来た道と同じ帰り道を、肩を並べてジュースを飲みながら歩く。
眞輔は缶入りの炭酸飲料で、私は控えめなサイズの紙パックのコーヒー牛乳。
一度見知った道だからかな。
手探りだった行きよりも勝手のわかる帰りの方がずっと距離が短いように感じられる。
もう数分も歩けば私たちのアパートが見えてくる。
「今日の一限ね」
眞輔は脈絡もなく言った。
「相変わらず退屈でした。ただ、先輩が見つからなくて、ひとりで座ったんです。少し寂しかったかな」
ぎゅうっと、胸が締め付けられた。
目に見えるすべてのものが私を置いてどんどん先へ進んでしまうと思えていた。
私の周りだけ時間が止まって、いくらもがいてみても歪んだ空間を脱せない。
正しいもがき方すらも、私はわかっていないみたいで。
私にとっての青春。
私だけのものだという、確固たる居所というようなもの。
それを見失ってからどれだけの日々が過ぎたんだろう。
取り戻すどころか段々と色が抜けていってしまうようで、私はずっと直視できずにいた。
ふいに足を止めた。あぜ道のど真ん中で。
深夜の田んぼって、人のいるべき場所ではないんだろうなって、そんな当たり前のことを改めて思う。
それでも妙に落ち着く気がしてしまうのは、私自身に居所がないからだろうか。
眞輔が気付いて振り返る。キョトンとした顔をして。
「ねえ、眞輔」
なぜだか解らないけど、声が震えた。
「私、どこへも行けない気がする」
「……え?」
「私には、君の隣は似合わない気がするんだ」
すぐにでも眞輔ははるか先に行ってしまうだろう。
拳法に夢中になって、そのうち恋人を作って。
授業で顔を合わすつまらない先輩のことなんてじきに忘れてしまう。
こうして私と夜の散歩をしたことさえも。
風が吹き抜けて水面に微かなさざ波を起こす。
沈黙の中でカエルたちの声が耳障りなほどに反響し、私の鼓膜を打ちつける。
暗闇の中に眞輔の白いパーカーが映えて、大柄なシルエットがぼうっと優しく揺らいだ。
「やっぱり、ヘンな奴」
眞輔は笑った。
それは私を慰めるのでも、突き放すのでもない。
純粋に可笑しいからというあどけない笑いだった。
眞輔はいったん自分のアパートを素通りして私を部屋の前まで送ってくれた。
礼儀正しく、遅くまですみませんでした、って。
謝りたいのはこっちの方。
「来週の講義、今度はちゃんと出るから」
一応断っておいた。
眞輔は安心したようにへへへと笑う。
私はまだ少し中身の残った紙パックを胸元に持ち上げて、軽く揺する。
ごちそうさま、の合図だ。
そうして玄関の扉を静かに閉めた。
居場所って、探し出してまで確保するもの、無理をしてまでしがみつくべきもの、そういうものじゃないはずだって。
私の居る所が自然とそう在るような、そんなものだって思っていたかった。
その想いとは裏腹に、こんな夜は無性に人恋しくなる。
くだらない理想論だって痛いくらいに解っていたけど、それでも私だけじゃない、誰しもが何かしらの矛盾を抱えて生きているんだろうって、そうとも思う。




