御使い様
いつもお読みいただきありがとうございます!
遅くなりました! いつの間にか暑い7月……。
「どぉしたん? 僕の顔になんかついてる?」
観察しすぎて不思議そうな顔をされてしまった。
正面から見ると彫の深い顔立ち。そして先ほどまであれほど美しいと感じていた青い瞳は茶色だった。
「いえ……あなた様が御使い様でしょうか?」
見間違いかと瞬きを繰り返すが、何度見ても彼の瞳は茶色だった。さっき感じた青は何だったのだろう。
「みんな御使い様って呼ぶんや。でも、好きに呼んでくれてええよ」
やっぱり訛っている。気のせいではなく、ものすごく訛っている。
王都では訛りのない言葉を話す者が大半だ。というか訛っていると差別される。ここまでの訛りはなかなかいない。
「ええっと、では御使い様とお呼びします」
「なんか新鮮やねぇ。みんな僕のことよく聞かされてるみたいやけど。君みたいに僕の事全然知らんで来たんは珍しいね」
「す、すみません……」
「ええねん、ええねん。選んだの僕やし。君のことは大体わかっとるよ。生まれたのはどこで、お母さんを病気で亡くして、家族がバラバラになって早くから働き始めたことも」
「……調べたんですか? 僕はド田舎出身なのに」
「調べんでもわかるよ。僕は見えるんやから。国民の中から適した年齢の候補者を選ぶのに見たんよ、君の体の中にある情報をね。何で選ばれたか分かる?」
「……いえ、全く……平民が選ばれるのも大変珍しいと聞いています……」
「見える」とは一体どういうことなのか。ルークは訳も分からず怖くて俯いた。体の中の情報も読み取れるんだとしたら、今ルークが考えていることも簡単に分かるのではないだろうか。
自分が見透かされている感覚に膝の上で手を握りしめた。
「今回の三人はな、若いのに『この世界に一滴も愛がない』って思ってる人間を集めたんよ。君、思うたことあるやろ? 君のプログラムやで。君も含めた三人、地位や見た目なんかは関係なく、そのプログラムが一緒の三人なんや」
「プログラム?」
聞き返しながら、ルークの脳裏にはある光景が広がった。
病気でガリガリになって血を吐いた死んだ母の姿。母が死んでからルークと妹に暴力を振るうようになった父の姿。
母にかかる治療費を稼ぐため、働き詰めで家に全く帰ってこない父。小さい頃は近所の家にルークと妹は預けられていた。いろんな家に点々と預けられた。ただ、そこでの環境はもちろん良くない。奴隷のように働かないとご飯は出してもらえないし、妹はルークが目を離すとどこかへ売られそうになっていたこともある。
母が死んだとき、ルークは入院する母のベッドの側にいた。母が口から吐いた血を必死で手で受けとめて。まだ幼いルークにとってはあまりに悲惨な光景だった。ルークが気を失っている間に母は亡くなっていた。
母は誰にでも優しかった。でも、早くに死んだ。葬式に来た人々は皆言う。「なんであんな良い人が早くに亡くなるんだ」と。
あぁ、そうだ。その時に思ったんだ。この世界に愛はあるんだろうかって。
「カルマとも言うねん。神様は今回、一滴も愛がないっていうプログラムの人間がどうやって愛を見つけるんかを見てみたいねんな。楽園って楽しいんやけど、幸せ過ぎて何にもなくてつまらんのんよ。毎日毎日ハッピーやし、良いも悪いもないし、神様は肉体ないから肉体でいろいろ体験できひんし。だからこのドロドロの人間の世界があるんやで。神様から見たら興味津々で羨ましい世界や」
「……御使い様は神様なんでしょうか?」
さっぱり意味が分からず、ルークは質問する。
「ううん。僕はね、人間なんよ。人間がプログラムを超えるサポートをするように、神様が人間界に遣わした存在なんやけどね」
パチリと御使い様はウィンクする。キザったらしくてとてもよく似合っている。
「それに僕が神様ならこうはなってへんな」
御使い様はビリオネアの上質なズボンを軽くたくし上げる。
ルークは思わず息をのんだ。御使い様の右足は義足だった。