道徳の勝負パンツと委員長
明けましておめでとうございます!!
「あったあった」
お気に入りの漫画の新刊が出たことをついさっき知った俺は、駅前の本屋へ駆け込み、お目当てのブツを速やかに獲得するミッションを達成。
「あ、あ……?」
レジへ向かう最中、参考書のコーナーで熱心に本を選ぶ委員長を見つけた俺は、つい咄嗟に漫画を持つ手を背中へと回した。
「あら、有紀くん」
「委員長、奇遇だね、うん」
眼鏡を光らせ、委員長が俺の方へと向かってくる。我がクラスの委員長は、学級委員長の法則に従いご多分に漏れず優秀であり、その成績はクラスで一番。しかしそれに慢心せず、そして傲慢さも持ち合わせず、俺のようなすぐに死ぬ下っ端戦闘員のような端くれにも気さくに声をかけてくれる優しさと、風呂上がりに腰に手を当てコーヒー牛乳を飲むサバサバ感を持ち合わせたナイスガールだ。
「もうすぐ期末テストよ? 漫画もいいけど勉強も、ね?」
「ばれてーら」
「ふふ、今度勉強教えてあげようか?」
「コツとかあるのかい?」
と、不意に委員長の笑みが消えた。
その真面目な顔つきに、思わず身構えてしまう。
「実はね?」
「お、おう……」
委員長の顔が、日常生活では有り得ない程接近してきた。冷静を装い、その先を待った。
なんだ、何があるんだ……!?
「勝負パンツ……」
「…………ん?」
一拍を置き、意外すぎる答えにそっと眉をひそめてしまった。真面目な委員長から勝負パンツだなんて単語が飛び出すなんて思ってもみなかったからだ。
「テスト用の勝負パンツがあるの」
「……詳しく」
声を潜め、続きを促す。頭の中は既にパンツ一色、リーピンパンツドラドラ跳満だ。
「各教科ごとに勝負パンツを決めて、テストの日に履くの。それだけよ。質問は?」
「あー……」
今日のパンツは?
そう聞こうとして思い止まる。
テストは七教科、そして期末テストは二日に渡って行われる。一日に複数の教科があるのに、各教科ごととはこれいかに?
「重ね着よ」
「なるほど」
暑くないのかな、と些細な疑問が過ったが、それよりも重ね着なら見られても差し支えないから見せてくれないかなー。
「全部見せられないパンツよ」
「だよねー」
次の期末テストは一日目に数学英語物理。数学が終わったら脱ぐのか?
そしてそんなにパンツ履いてたら無くならないのか?
「まさか。ずっと履いてるわ。そしてパンツは予備もあるから。実用、予備用、観賞用」
俺の為に布教用は無いんですかね。
「あるわけないじゃん」
パンツはブラシーポ効果というやつなのだろうか?
しかし委員長が言うのだから、効果はあるのだろう。
「思い込みでも何でもいいの。心の糧は大事よ?」
「てかさっきから俺の心が読まれてない?」
「顔に出てる」
「……マジか」
すげー恥ずかしいぞ、おい。
「ちなみに、テスト以外にも勝負パンツはあるわ」
「音楽とか美術も?」
「勿論」
「道徳も?」
「道徳はTバック」
それって道徳的にどうなの?
「じゃ、勉強したくなったらいつでも来なさい」
「お、おう」
銃弾も防げそうな、分厚い参考書を手に、レジへと向かう委員長。
俺は少し恥ずかしくなり、漫画を棚へと戻した。
「……でも続き気になるな」
戻した本をまた手に取り、レジへと向かった。
その夜、俺は自分の部屋でパンツを並べ、腕を組んで頭をひねった。
「現代文はコレ……か?」
パンツに願いを込め、一つ一つ勝負パンツを決めてゆく。
委員長もこんな気分で勝負パンツを決めていたのかと思うと、なんだか胸が…………不整脈かな?
そして俺は期末テストの日を迎えた。
勿論勉強はしていない。したら勝負パンツの効力が試せないからだ。
「有紀くん、おはよう」
「あ、うん。おはよう委員長」
「調子はどう?」
「凄い違和感」
「じきに慣れるわ」
ズボンの中が凄いゴアゴアして歩きにくい。
委員長も三枚重ね着しているのかと思うと、なんだか胸が…………不整脈かな?
結果は……最悪だった。
「ドンマイ有紀くん。きっとパンツ選びが合わなかったのね」
「いや、そもそも勝負パンツシステムに難ありなのでは?」
「そんなことはないわよ。私が三年かかって編み出したんだから」
「普通に勉強教えてもらう方がいいな」
「良いわよ? 今から家来る?」
「いいの!?」
「ええ。勉強教える用の勝負パンツ履くから」
「えっ!? どんなやつ!?」
「秘密♪」
「き、気になる……」
委員長のパンツが気になって勉強どころではなかった。
しかし不思議なもので、勝負パンツシステムから俺と委員長の距離は次第に近づいていった。
勉強を教えてもらい、たまに一緒に遊びにも出掛けた。
委員長と会う日は勝負パンツを履くようになった。
「また明日、学校でね」
「うん。また明日」
平日は長く、休日は短い。そんな時間の感覚が、もどかしく思えて仕方なかった。
月曜の朝、委員長が俺の顔を見て神妙な顔をした。落ち込んでいるような、何やら落ち着かない雰囲気だ。
「どうしたの?」
「え? いや……ちょっと、ね」
その顔色を見る限りでは、ちょっとではなさそうに思えて、俺はお節介かもと思いつつも深入りすることにした。
「何かあったの?」
「う、うん……」
人目を気にする素振りが見えた。俺はそっと廊下の隅の方へと足を向け、人目を避けた。
「……実は」
ハの字に曲がった眉のまま、委員長が語り出す。
「今日の道徳の勝負パンツを間違えちゃって……」
「あ、ああ…………」
なんだそんなことか。
不意に言葉がすぐそこまで出掛かったが、委員長にとっては一大事。死活問題だからこその落ち込みであることを思いだし、ぐっと言葉を呑み込んだ。
「委員長、俺の道徳パンツを履きなよ」
「えっ?」
俯いた委員長の顔がグッと上がった。まるで真っ暗な洞窟に希望の光が差すのが見えたかのような、救われた顔だった。
「ど、どうして!? 止めたんじゃ……!」
「いや、委員長の真似だよ。せめて道徳くらいはって、ね」
「ふふ」
それまで暗かった委員長の顔から笑みがこぼれた。思わず俺もつられて笑ってしまう。
「それって道徳的にどうなの?」
「それは俺の台詞だってば」
「なら、間違えて履いてきた数学パンツを貸してあげる」
「それって道徳的にどうなの?」
「ふふ、ふふふ」
「ははは」
廊下の隅で、二人笑い合う。
そして誰も来ない空き教室へと足を踏み入れた。
「恥ずかしいから見ないで欲しいな」
「俺も」
二人目を閉じて勝負パンツを交換した。サッカー部のユニフォーム交換の気分だ。
「ありがと」
「こちらこそ」
思わぬ形で委員長の数学パンツを手に入れることが出来た。早くトイレに行って確かめたい。
「見たら二度とパンツを履けない体にしちゃうからね?」
「Oh……」
──そしてこの後、事件が起きた。
「みんな! その場から動くな!」
体育教師の岡崎が、終わったばかりの授業から舞い戻り、俺達の教室へとやって来た。見るからに怒りに満ちた顔をしており、誰しもが面倒事を予感した。
「たった今、花市の下着が盗まれたそうだ! 今から大事にはしない! 黙って手をあげるんだ、いいな!?」
教室に緊張が走った。
クラスのアイドル的存在である花市友香子の下着が何者かに盗まれたというのだ。
「誰も居ないなら、持ち物検査を行う!!」
一人一人の荷物を岡崎が確認を始めた。ポケット、上着の中、あまつさえズボンの中すら覗いていく。間違いなくセクハラだのパワハラ案件だが、岡崎の怒りは有無を言わさぬ気迫があった。
「因みに下着はTバックだ」
ドバッ。
冷や汗で脇が濡れるのが分かった。
マズい。
マズいぞおい……!!
「次! 有紀!」
「え、あ……その」
「早くしろ!!」
グイッと体を引かれ検査を始める岡崎。
そして、ズボンの中を覗いた瞬間に、深いため息を漏らした。
「お前かぁ…………」
クラスがザワついた。誰しもが俺を冷ややかな目で見る。
終わった……。なんてことだ。
「先──」
「俺が犯人です!!」
委員長の言葉を遮るように、俺は強く叫んだ。
「違います!! 私が犯人です!!」
「委員長!!!!」
委員長がスカートから俺の道徳パンツを下ろした。
「私が……犯人です」
白いフリルのTバック…………俺の、道徳用勝負パンツだ。
「先生! 有紀のパンツはTバックじゃないはずです」
「た、確かにそうだが、奴が女物を履いていること自体、怪しむべきだろ!?」
マズい、このままでは委員長が俺をかばって濡れ衣を……!!
「先生!!」
「なんだパンツ泥棒!」
「委員長のパンツをじっくり見て下さい」
「変態か俺は」
俺は至って真剣なまなざしで岡崎を見つめた。
やがて観念した岡崎が、渋々と委員長が履いていた俺のパンツを見た。
「なんだこれは?」
岡崎が不思議そうな顔をした。
「委員長へ、愛を込めて。有紀……」
俺の道徳用勝負パンツには、委員長への愛のメッセージが書いてあるのだ。
それを読んだ岡崎が俺を冷ややかな目で見下ろしているが、俺には痛くもかゆくも無い。
「だから、俺が犯人です」
委員長の数学パンツを脱ぎ、岡崎へと手渡した。
「盗んだパンツは刻んで食べました」
「お前……」
周囲から「ぅわ……」と、声が聞こえた。明らかにドン引いてる様子だった。
「……有紀くん、大好きです。委員長」
「──!?」
思わず岡崎からパンツを引ったくる。
パンツを広げそこに書かれた文字がしっかりと読み取る!
だが、それは何度見ても委員長から俺への熱いラヴレター!!
「委員長……」
「有紀くん……」
「なんだかよく分かんねぇけどおめでとう!!」
「おめでとう!」
「おめでとー!」
こうして俺達は晴れて両思いとなり、クラスからも祝福された。
「……経緯は最悪だけど、これで学校の七不思議が一つ解けたわ。パパのせいだったのね、告白するときにTバック送りつけるのが流行ったの」
「ハハハ、そうだな」
娘がぷりぷりと頬を膨らませ、ノートに学校の七不思議を記録してゆく。
なんとも懐かしい話に花が咲き、気が付けばビールは三本目に突入していた。
「パパありがと。後は大丈夫」
「因みに残りはなんだい?」
「首の無い二宮金次郎と、ケツにダイナマイトを刺した人体模型」
「…………これまた懐かしいな」
「ゲッ……! これまたパパの仕業なの?」
「仕業っていうか、受験用の勝負ケツダイナマイトがな?」
「なに勝負ケツダイナマイトって──!?」




