ノエルは幼なじみを見直す。
「ノエル。」
そう後ろから声をかけられて振り向くと、レオニダスが立っていた。
なんの用、と癖で冷たくあしらいそうになったが、ついこの間お菓子をくれたことを思い出す。
レオニダスがノエルとのいがみ合う関係をどうにかしようと思っているなら、ノエルからも歩み寄るべきだろう。
「レオ、どうかしたの?今日はお疲れ様。」
ここ数年でレオニダスにかけた中では一番優しい声音で答えた。ついでに軽く微笑む。
「・・・っ!その、飯がまだなら、いまから行かないか?」
ノエルがいつもと違い優しく反応したことに驚いたのか、レオニダスは口元を左手で押えた。
「ご飯、ね・・・。いいわよ、いきましょ。」
「?!いいのか?」
「レオから誘ってきたのにそんなに驚かなくてもいいでしょ。でも早く寝たいし、近くのお店だと嬉しいわ。」
最近は日中の戦闘で体力を削られるので、宿に直帰して休む様にしていた。次の日に疲れを残して迷惑を掛けてしまうのにも抵抗があるし、気遣わせてしまうのも嫌だったのだ。
今日も疲れているので少し悩んだが、せっかくレオニダスが歩み寄ろうとしているのをノエルは無碍にできなかった。
最近は部屋で簡単なものばかりたべていたので、久しぶりにきちんとしたものを食べると思うとわくわくしてきたし、何だかお腹も空いてきた。
「考えたらお腹すいてきたわ、行きましょ、レオ!」
そういって無邪気に笑うノエルをみてレオニダスが耳まで赤くして照れているのに気づくことなく、ノエルは飲食店の並ぶ通りの方へと歩き出した。
▷▶︎▷
「レドサ鳥の香草焼きあるぞ。レドサ鳥、好きだっわたよな。あとは野菜も食べたいんだろうからこのおまかせサラダと・・・デザートはクリスラベリーのムースがいいか?甘酸っぱいの好きだろ?」
そういってメニューを提案するレオニダスを、ノエルは驚いて見つめた。
「どうして私の好きな物そんなにしってるの?昔そんな話したかしら?」
「それは、おま・・・ノエルが、昔食べてるのを、よく見てたから。」
「ふーん?」
たしかに食事を共にすることも多かったが、そんなに分かりやすかっただろうか。
すこし気恥しい。
「あとは何を頼みたい?」
「レオの好きなものも頼みましょ、たしかハナサ牛とか好きだったでしょ?それのリブの照り焼きと・・・、このパエリアとかがっつりしてそうだし気に入るんじゃない?」
今度はレオニダスが驚く。
「なんで俺の好物を知ってるんだ?」
「なんでっていわれても。幼なじみだし、なんとなく。」
「・・・そうか。」
そう呟くとレオニダスは俯いた。表情は見えないがなんとなく機嫌が良さそうだ。
こんな風に、幼い頃は穏やかな時間を過ごすことばかりだったのに、なぜこうなったんだろう。
そんなことを考えていると、レオニダスが口を開いた。
「そういえば、こういう店でよかったのか?」
「こういう店?」
「一応貴族の令嬢なんだ、こういう店には来たこと無かっただろう?」
そういわれて改めて店内を見渡す。
喧騒の中で何組ものグループが食事をしていて、その間を給仕の店員が忙しそうに歩き回っている。
恐らく平民からするとランクの高い店だろうが、貴族令嬢であるノエルにとっては今まで足を運んだことのない類の店だ。
たしかに、聖女に選ばれなければ来ることのない店だったかもしれない。
「そうね。でも、私はこういうお店に来れて、今すごく楽しいわ。
元々、ドレスだって窮屈だし着替えだって自分でやってしまって、令嬢らしくないと叱られていたくらいだもの。こっちの方が性に合ってるのかも。」
「そうか。」
レオニダスは短く答えると、ふっと微笑んだ。
いつもは尖った印象の瞳が和らいで、全体的な雰囲気が優しくなる。
(・・・ちょっと、かっこいいかも。)
もともと顔の造作が整っているのはノエルも認めるところである。
それに、なぜだかはわからないが、今日のレオニダスは昔のように優しくしてくれて、意地悪を言わない。
ノエルとレオニダスは、今までの仲違いが嘘のように穏やかな時間を過ごしたのだった。