ノエル、初めての魔物討伐へ。
とうとうこの日が来てしまった。
ノエルは緊張していた。
国王からの激励だの教会への挨拶だの、ありがたい反面やや面倒だった用事が終わってしまうと、遂に魔物討伐に行く日になってしまった。
城内の集合場所へと向かう足取りに迷いはない。騎士になれないことにまだ未練はあるが、聖女としてできる事を精一杯やろうと思えるようにはなっていた。
それでも今まで見たことの無い魔物を退治しに行くことに緊張してしまうのはしかたない、と思う。
レオニダスも入っているという今回の魔物討伐のために選ばれた騎士たちで構成された、精鋭ばかりの討伐隊。
その隊長は会ったことがないが、副団長は長兄であるクリスフォードの友人で何度か顔を合わせたことがあり、すこし心強い。
副団長の名前は、フェリックスといい、すこし垂れ目の甘い顔立ちをしている。誰にでも優しく、騎士団でも実力を評価されている上に侯爵家の長男ということもあり、社交界でも人気の的の人物である。
ノエルも友人の妹として顔を合わせる度に親切にしてもらっていた。実は甘いものが好きというフェリックスは、ノエルの家に遊びに来る時にいつも流行りのお菓子をお土産にと持ってきてくれて、それを一緒に食べるのが好きだった。兄が1人増えたような気分である。
そんなことを思い出しながら歩いていると、
「きゃっ。」
曲がり角からでてきた人影に思い切りぶつかってしまい、バランスを崩して転びそうになった。
しかしすかさず力強く抱きとめられる。
「すみません、前をみていなく、て・・・。」
そういったノエルが見上げた先にいたのは、
「相変わらずまぬけだな。」
憎まれ口をたたくレオニダスだった。久しぶりにあったためか少し大人びたように感じるが、憎たらしい表情は変わらない。
すこしつり目気味の赤い瞳、短く揃えられた黒い髪は記憶の通りの色で少し懐かしいが、相変わらず愛想の欠片もない顔である。クールでかっこいい、と令嬢たちから人気と聞いた時は耳を疑った。見た目は悪くないかも知れないが、中身は最悪中の最悪だ。みんな見た目に騙されている。
「助けてくれたことにはお礼をいうわ。ぶつかったのもごめんなさい。だから早く離してくださる?」
転びそうになったのを助けてくれたのは分かるが、レオニダスはノエルを抱きしめたままだった。
他人行儀にそう指摘し、レオニダスの顔をのぞき込むと何だか顔が赤い気がする。
「顔赤いわよ?体調でもわるいの?」
額が熱いか確かめるために触ろうと手を伸ばすと、
「・・・っ!触るな!」
といって抱きしめられていた手を弛めて距離を取られた。
心配してあげたのに、なんだその態度は。
「はいはい、余計なお世話でしたね。すみませんでした。」
「そう、とはいってないが・・・。」
なにか小さい声で呟いているが、どうせお得意の嫌味かなにかだろう。わざわざ聞こうとは思えず、ノエルは踵を返して改めて集合場所へと足を向けたのだった。
そんなノエルには、思いがけずノエルと再会した照れ隠しで冷たく接してしまったことに後悔するレオニダスはもちろん目に入らなかった。
▷▶︎▷
「ノエル!」
「フェリックス様!お久しぶりです。」
集合場所へと着くなり、声をかけてくれたのはフェリックスだった。
知り合いがほとんどいないノエルを気遣ってくれたのだろう、相変わらずの気配りにレオニダスのせいでささくれていた心が癒される。
「頼りないかもしれないけど、なんでもいってくれ。できる限りの事はするよ。」
そういって優しく微笑むフェリックスはご令嬢のみならず国民からも人気なのも頷けるかっこよさだった。
「ありがとうございます。」
そのまま談笑していると、
「副団長、全員揃いました。」
横からそんな声が聞こえた。
視線をやらなくとも分かる、レオニダスだ。眉間にしわがよっている。
「レオニダス、ありがとう。ノエルも準備はいい?何度も言うけど、何かあれば遠慮なくね。」
フェリックスがレオニダスに短くお礼をいい、そのままノエルの方を向いてにっこりと笑う。
フェリックス様、顔だけじゃくて中身までかっこよすぎる・・・。
そう優しく気遣いをみせるフェリックスの方を見ていると、レオニダスが口を挟む。
「聖女なんだから、せいぜい足引っ張るんじゃねーぞ!」
「そんなこといってるとレオは怪我しても治さないわよ!」
思わずレオニダスを睨んで言い返すと、レオニダスは先程の不機嫌そうな感じが嘘のように笑顔を浮かべたのだった。