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-承- スローライフの準備をする僕

 それでは、と女神様に送り出され、気付いたら森の中にいた。


 周囲を背の高い木々に囲まれた、鬱蒼とした森林だ。

 樹木の種類には詳しくないから断言できないが、あまり見たことのない樹種のように見えた。


「どこだここ……」


 スタート地点くらいは聞いておくべきだっただろうか。

 ゲームのようにマップがあれば別だが、これではどこに向かえばいいかも分からない。


「っ、な、なんだ?」


 がさりと物音がして振り向くと、一匹の兎が草陰からこちらを見ていた。視線が合うとそそくさと逃げ出す。


「……角が生えてた」


 魔物、というヤツだろうか。

 手の込んだ悪戯でもなければ、やはり異世界で間違いないようだ。


 自分の格好を見下ろすと、服装はトラックに轢かれた時のジャージのままだった。もう少しサービスしてくれてもいいのでは、と思ったが、贅沢は言うまい。

 武器も何もないが、代わりに女神様が授けてくれた力がある。


「これかな」


 ポケットに入っていた物体を取り出す。

 長方形の平べったいそれは、とても見慣れた形をしていた。


「スマホ……?」


 しかも前世で自分が使っていたものと同じ機種だ。

 こんな森の中では電波など届かないし、そもそも異世界に通信技術が存在しているとは思えないが……役に立つのだろうか。


 電源ボタンを押すと液晶が輝き、普通に起動してアプリの一覧が表示された。

 電話やメールといった基本機能のアイコンはなく、インストール済みのアプリは二つだけだ。


 となると、これが女神様のいう特典か。

 片方はアイコンからしてツバサが希望した自衛手段のようだが、もう片方は何だろうか。スローライフを目指すことを考え、生活する上で役立つ力が欲しいと要求したから、その類なのだろうが……。


「まあ、後で確認すればいいか」


 最低限の確認だけして、ポケットにスマホをしまう。

 女神様がくれた以上は、スマホは相応のチートアイテムなのだろうが、すぐに使うつもりはなかった。


「できるだけこういう力には頼らないようにしないとな」


 心機一転、異世界に転生したのだ。

 何でもかんでも便利な力に頼っていては勿体ない。


「さあ、スローライフの第一歩だ!」


 意気揚々とツバサは歩き出した。



 太陽が傾いている。

 異世界であっても、夕日の色は変わらないらしい。森の中を探索するうちに、日が暮れそうだった。


 元々、運動不足の体で土地勘もない森を歩き回るのは無理があり、ツバサはその場に座り込んだ。


「……寝床が要るな。流石に、地べたに直じゃ体を壊しかねないし」


 川に沿って歩いていたが、人里に辿り着く気配はない。

 となると野宿は避けられず、いくらなんでも自然直送の天然環境で快眠できるほどツバサは野生児ではなかった。


 周囲には見たこともない虫が飛び回っているし、気温もそこまで低いわけではないが夜になれば分からない。


「飯も準備しないと……仕方ないか」


 このままでは遭難だ。

 知り合いもいないし、今は自分しか頼れない。頭を使って何とかするしかない。


 ツバサは女神から受け取ったアイテムを取り出した。

 スマートフォンを起動して、アプリの一つを選択する。


 アプリ名は『ホームセンター(オンライン)』。

 突っ込みどころが多いが、アプリ自体は問題なく起動し、タイトルロゴの後にメニュー一覧画面が表示された。


 何となく見覚えのあるようなGUIに、ツバサは察する。


「ああ、なるほど……つまり、オンラインショップか」


 メニューの一つである『商品』の画面に遷移する。案の定、日用品から工具まで、ホームセンターに売っていそうな商品がずらりと並んでいた。


 商品の画像と価格、簡単な説明が記載されている。


「ポイント、0か」


 画面の右上に保有ポイントが表示されているが見間違いようもなく『0』だった。

 どうやら女神様はそこまでサービスしてくれなかったらしい。


「流石に増やす方法がないってことは、ないよな。どうすりゃいいんだ?」


 画面を操作し、『使い方』を押すと、そこにこんな記載があった。


『ポイントがない場合は、要らない物と交換してみよう! カメラボタンで対象を撮ってみて!』


「カメラ? ああ、スマホだもんな」


 ついでに外付けの物理ボタンもついている。

 ボタンを押下するとカメラモードに切り替わり、画面に目の前の景色が映った。


 使い方に『撮ってみろ』とあったから、試しに足元に生えていたキノコを撮影してみた。


「なるほど。物々交換」


 シャッター音の後、ポイントが0から10になっていた。

 代わりに、撮影したキノコが綺麗になくなっている。内部に取り込まれたのか、何らかの作用で分解されたのか、原理は分からないが、とにかくそういう仕組みらしい。


「んで、ポイントを使えば」


 キノコをいくつか撮影し、100ポイント貯まったところで商品を選択した。

 確認メッセージをタップした瞬間、スマホが発光して、ごろりと何かが足元に落ちる。


「購入完了、と」


 拾い上げた物体は、袋入りの飴だ。

 袋を開けてそのうちの一つを口に放り込み、ツバサは今後の方針について考える。


「とりあえずは寝床か。食い物とかもあるみたいだし、ひとまずは大丈夫そうかな」


 テントや寝袋を検索しながら、ツバサはふと思い出した。


 以前に親戚が自慢していた、ログハウスの存在だ。

 海外のショップから一式輸入し、自分で一から組み立てたと言っていた。小さいのなら日本のホームセンターでも買えると聞いた気がする。


「お、あった!」


 検索すると、いくつか組み立て式のログハウスがヒットした。

 木製の模型のようなものだ。購入すると屋根から床まで素材が一式届き、それを自分で組み立てる方式らしい。


「まあ、当然だけど高いな」


 百万には届かないが、それに近い金額だった。


 どうしたものか――と考え、ツバサは閃いた。

 ログハウスを買うにしても、置く場所を用意しなければならない。そういう意味で、丁度良かった。


「撮影タイムだ!」



 ふう、と一息ついた時には、森の一角に開けた空間が生まれていた。片っ端から周囲の木々を対価として捧げた結果だ。


 一石二鳥だ。

 邪魔な樹木がなくなった上に、十分な量のポイントが貯まった。


「後は、と。流石に一人じゃ難しいよな」


 一応、道具があれば自分で組み立てられるようだが……

 ログハウスの情報を漁っていると、オプション購入の項目を見つけた。


「お、あるじゃん。自動組み立てオプション」


 有償だが、どうやらこれを選べば組み立てまで勝手にやってくれるらしい。

 一人で作業を完遂するのはまず無理だし、ツバサは迷わずそれを選んだ。


 後は一瞬だ。

 木々がなくなった広場に、瞬きする間にログハウスが生まれていた。


 サイズはそれほど大きくないが、一人で寝るだけなら十分すぎる広さだ。

 我が家と言うにはあまりに簡素だが、自分で手に入れた住居に満足しながら、ツバサは必要なものをリストアップしていく。


「後はベッドと布団と枕と……風呂に入りたいな。ドラム缶風呂とか?」


 アプリを操作して、ツバサは必要な物を片っ端から交換していった。



 食事はレトルト品で済ませ、ひとまず今日の活動は終了とした。


 何だかんだで、衣食住の準備だけで一日が終わってしまった。ここまでは咄嗟の機転とアイデアで何とかなったが、未だに自分の現在地も分からないし、これからやらなければならないことは山ほどある。

 異世界転生も楽ではない。


 ログハウスの窓からは、前世と変わらないまん丸の月が見えている。

 追加で購入したベッドに寝転びながら、ツバサは呟く。


「こりゃ思った以上に大変だぞ。スローライフ」


 明日からもっと頑張らないと。

 決意を新たにして、ツバサは眠りについた。


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