多重起動
「ひとまずライツは制圧したが……、これはどういう状況だ?」
元勇者候補筆頭にして元騎士団長であるライツを抱えたエヌスが言う。
その視線の先には、無抵抗に横たわるルモアとそれを見下ろす俺がいた。
「交渉が上手くまとまった。勇者一行五人目、ルモア・ゼーレ・ディアブロだ」
「よろしゅうのう」
「そ、そうか……」
困惑した様子のエヌスは自分を落ち着かせるようにそう言うと、村長にライツ拘束用の縄を求めた。
「それで、今回の事件の犯人は結局誰だったんだ?」
「それも含めて村で一度話をしたい」
エヌスはそれに頷くと、村長の方を見やった。
「寄合所の横にある広場をお貸ししましょう。ワシら村人はどのように?」
「できれば参加してほしい。俺たちがなぜ戦っていたのかも分からぬだろう? 全て説明する。ひとまずは危機が去ったと周りに伝えてくれ」
「承知しました。時間も時間ですし、食事の用意もさせましょう」
俺たちは依頼を快諾した村長と共に、村人らを引き連れて再び寄合所へ向かうこととなった。
時刻はとうに日没を過ぎ、ちょうど夕飯時といった頃合いだった。
寄合所に併設された空き地では村人らによって晩餐会が始まろうとしている。
質素ながらも魚や山菜を含んだ栄養価の高い料理が机に並び、切株で作られた簡易的な椅子には村人のほぼ全員が座っていた。
拘束されたライツは縄で強く縛り付けられ、未だに意識を失っている。
ルモアは四ノ矢が刺さったままルージュのすぐ横にある椅子に座らされており、本来の身体の主であるところのネリスはなりを潜めていた。
これは、今ネリスが表に出てきて暴れられては余計に事態がこじれるだろうとの俺の判断からである。
「さて、勇者様の方から今回の顛末をお話し頂けるとのことで、よろしくお願いします」
俺は軽く頷くと、全員の注目を浴びながら前へ出た。
「ここ数日間、この村で何が起きていたのか、現代の勇者である俺から説明したいと思う。しかし、そこに転がっているライツに聞かねば分からぬことも多い。俺なりに考え、現時点で確定していることを中心に話す」
村長が続きを促す。
「しかしその前に――。俺は改めて俺の名を名乗ろうと思う。そうしなければ、今回の顛末に説明がつかぬからだ」
「勇者様、それは……」
「先日、国王からシャリテの姓を賜った。故に、今はデュリック・シャリテと名乗っている」
辺りにどよめきが巻き起こる。
「デュリックってまさか本当にあの……」
「十年前の張本人なのか……?」
様々な憶測が飛び交う中、俺はさらに続ける。
「そして、真の名を、デュリック・ゼーレ・デンハイトという。魔王の実子に当たる魔族だ」
俺のその発言に対し、大きく反応を見せたのはエヌス一人だった。
「デュリックが魔族……、それも魔王の息子……、だと……?」
村人からすれば、俺が十年前に多くの村人を殺めた張本人であるならば魔族であるなど当然のことなのだ。
そもそも魔族であるネリスと日常的に交流がある辺り、この村ではそういった忌避感などは薄いようだった。
「そこまで話しちゃうのね」
「あまり嘘を吐き続けるのは性に合わぬ。特に、今ここにいる者たちには誠意を尽くして話すべきだと考えている」
俺はエヌスに向き直ると、話を進める。
「色々と言いたいことはあるだろうが、今は先にこの事件を収束させたい。それで良いか?」
エヌスは唾を飲みながらも頷き返した。
俺は再び村人の方を向き、口を開く。
「結論から言おう。今回の一連の誘拐事件は十年前の続きだ。そして、俺は十年前にこの村で惨劇を巻き起こした張本人で間違いない」
更なるざわめきが起きる。
しかし、その反応は村長が言っていたほどに苛烈なものではなかった。
「続けてほしい」
真剣な眼差しで村人の一人が言う。
「まず、事の発端である十年前の事件について詳らかに説明させてほしい。お前たちラント村の住人に対して、俺はこれを説明する責任がある」
多くの村人が静かに頷く中、俺は続ける。
「この事件の発端は十年前、ネリス――お前たちは漆黒の天使などと呼んでいるようだな、が誤ってこの村に墜落したことから始まる」
そして、その原因の一端は俺にあった。
「この村の食糧事情や貧困具合に驚いたネリスは、何とかしてこの村を救おうと画策し始めた。自身の夕食を隠れて持ち込んだこともあっただろう。ときには食物庫からくすねた物を持ってきたこともあったはずだ」
その健気さを思い返したのか、年配の村人らが感慨深そうに首を縦に振る。
「しかし、それでは根本的な解決には至らないと気付いたネリスは、ついに大胆な行動に出た」
「何をしたっていうの?」
「魔王への進言だ。貧困に喘ぐ村を救いたい、食糧支援をしたい、とな」
村人らに衝撃が走る。
「ま、待って下せえ……。魔王に進言できるような立場の魔族なんて……」
「あぁ、ネリスは魔王の実の娘だ。そして、俺の実の妹でもある」
村人らの顔が驚愕に染まる。
ルモアとの十年前の戦闘において特にそれを隠そうと立ち回った記憶はないが、あの戦乱の中だ、やはり事実が有耶無耶になっていたようだった。
「お前たちにとってこの事実は複雑だろう。この村が常に危機に瀕し困窮しているのは、正しくその魔王が原因なのだから」
「そ、それで、その後ネリスちゃんはどうしたんだ……?」
エヌスがおずおずと続きを促す。
「魔王は、そして当然俺や周りの魔族も同様だが、ラント村への支援は倫理的にも政治的にも不可能だと結論付けた。お前たちは、そして俺を含む一部魔族はネリスが純然たる善意でこの村を救いたいと願っていることを知っている。しかし、それは傍から見れば魔族による体のいいマッチポンプでしかないからだ」
「うーん、それは難しい問題ね……。今までの話を聞いた感じ、魔王個人の感情としては特段ネリスちゃんの行動を否定していたワケではないんでしょ?」
ルージュが問う。
「当然だ。俺にはむしろ喜んでいるようにも見えた。しかし、それは当時のネリスには伝わらなかったのだろう。ネリスは俺の静止を振り払い、禁忌に手を染めた」
「そ、その禁忌とは……」
村長が恐る恐る尋ねる。
「悪魔の召喚だ。お前たちが漆黒の天使と呼ぶ由縁となったあの黒き翼は典型的な悪魔の特徴なのだ」
村人らに更なる衝撃が走る。
その様子から見るに、十年前、ネリスが何をしたのか何も理解していなかったのだろう。
それは、今まで対話を拒絶し続けてきた俺の怠慢の結果でもあった。
「悪魔の召喚……。そんなことをすれば、契約者は契約の完遂と同時に死んでしまうんじゃないのか……?」
エヌスが言う。
「その通りだ。そして、ネリスが願った奇跡は”ラント村全域の五穀豊穣”。具体的には土壌改善だな。我が妹ながら、根本的な解決に繋がる素晴らしい案だ。……悪魔に頼ったという点を除いてな」
「悪かったのう」
ルモアが嫌味ったらしく茶々を入れる。
「……あ、あなたは漆黒の天使さまではないのですか……?」
村人の一人がルモアに尋ねる。
「その”漆黒の天使”とやらの定義が曖昧じゃから返答に困るがのう。黒き翼の生えた者を指すならばそれは妾の事じゃ。逆に小娘――ネリス・ゼーレ・デンハイトのことを指すならば妾は赤の他人、いや、人ですらない、他悪魔じゃよ」
村人らが度重なる衝撃に頭を抱えているのを横目に、俺は続ける。
「エヌスも言っていたが、悪魔との契約が完了した契約者には死が待っている。俺はネリスの死を食い止めるため、何としてでも契約の完遂を防ぐ必要があった」
「……そういうことか」
エヌスが何か納得した顔でこちらを見た。
エヌスは俺が魂に関与する能力を所持していると知っている。
悪魔との契約が魂に関する領域の話であると御伽噺などから知っているならば、その後に起きた村人惨殺の理由もある程度予想が付いたのだろう。
「当時の俺は今ほど魔力が潤沢ではなかった。それを防ぐには魔力が足りなかったのだ。そこで俺は――」
そこまで言って、俺は強烈な違和感に苛まれた。
俺はあのとき何をした……?
どのような手段で魔力を確保したのだ……?
俺は困惑する頭を振り払い、続きを語る。
「――不足分を補うため、お前たち村人から魔力を補充したのだ」
「それは……、生贄魔法のようなものなのか?」
エヌスは洞窟で起きた教団によるエルフ殺戮の顛末をよく知っている。
それ故、人から人への魔力補充の手段として真っ先に想起されるものがそれだったのだろう。
「いや、そこまで苛烈なものではない……はずだ。ただこの手の魔法に共通することとして、魂の将来性を糧とするという点が挙げられる。結果、それが尽きた者は……」
皆が静まり返る。
その目的はともかくとしても、十年前に俺がこの村の村人を半数以上殺めたというのは取り繕いようのない事実なのだ。
ネリスの生存が彼らの犠牲の上になっていることを忘れたことなど片時もない。
やはり俺だけの力で救える者など多くはないのだ。
「俺は今でもあのときの決断は間違っていなかったと思っている。今に至ってなお、ネリスの生存と彼らの生存とを天秤に乗せられれば、俺はまた同じ決断を下すだろう。しかし、それでも言わせてほしい」
俺は大きく頭を垂れる。
「すまなかった」
再び訪れた静寂。
その沈黙を破ったのは、用心棒のイゴールだった。
「……細かいことは知らねぇけどよ、妹を死なせたくねぇってのは何も間違った話じゃないんじゃねぇか?」
魚屋のデニスが頷く。
「そうですなぁ。それに、十年前の話をワシらが許すか許さないか、いや、そもそもそういう話なのかってところが一番のキモなんではないですかね。ぜひデュリックくん、十年前ではなく、今のアナタがどうやってこの事件に決着を付けたのか、そこまで聞かせてもらいたいところです」
まばらに頷く村人を見て、俺は今一度頭を上げる。
「……分かった。ひとまず、十年前と今回の誘拐事件がどうか関わっているのかを話す。ある程度は想像が入るが、ルモア、分かる範囲でいい、間違っているところがあれば適宜訂正してくれ」
ルモアが目くばせしたのを確認し、俺は再び口を開く。
「俺は相手の魂に対して干渉する能力を持っている。悪魔と生贄の契約は魂を媒介としたものであり、俺はこの能力を使って契約そのものにケチをつけることでネリスを生存させた。ここまでが十年前の話だ」
「具体的に、そのケチとは何だったのですかな……?」
村長が尋ねる。
「ルモアの魂を分割したのだ」
神ではない悪魔が奇跡を成すには原始生物の利用が必要だ。
そして、奴らは意思を持たぬ故、奴らの契約の対象である悪魔を魂でもって判別していた。
つまり悪魔の魂そのものを分割してそれと分からなくしてしまえば、それ以上原始生物を利用することはできなくなり、契約の完遂も妨げられる。
「結果として、ルモアの魂のうち力を司る部分が俺の中に、意思を司る部分がネリスの中に取り残された。そして、今回の誘拐事件は俺に奪われた魂を取り返そうとルモアが画策したものだった」
俺はおもむろにルモアを見る。
「8割方正解といったところかのう。確かに妾は計画に対して積極的に加担したが、そもそもの発案はこの小娘、ネリスによるものじゃよ」
意味が分からないという顔をした村人のイリナが声を上げる。
今回、3人目の被害者となった王都暮らしの若者だ。既に体調は回復しているようだった。
「それはおかしくありませんか? 漆黒の天使さ――いえ、ネリスさまはデュリックさんによって契約をキャンセルさせられたおかげで生き延びることができたというお話でしたよね? なぜご自身の命を脅かすようなことを……」
「この小娘が優しすぎるが故、じゃな」
「……それはあなたが保身のためについた嘘なんじゃ――」
俺が割って入る。
「お前の考察はもっともなのだが、少なくともネリスが主体的に関わっていないということは絶対にない。その辺りについて詳しく話しても良いか?」
イリナが頷く。
「では、今回の誘拐事件でどのような手段が使われたのかについて説明する。これについては村長の話をまとめたメモをエヌスから受け取った時点で、大方予想はついていた」
「以前お見せ頂いたあの右腕の能力、ですかな……? 察するに、それが先ほど仰っていた”魂へ干渉する能力”ということなのでしょうか」
村長の考察に俺は頷き返す。
「そうだ。手段がそれであると考えた理由は2つ。第一に、誘拐の被害者が一様に自らの足でもって家を出ているということ。第二に、その様子がある種の夢遊病のようだという話があり、それはこの右腕の能力による結果と一致していること」
「ということは、ネリスさまも同様の能力を保持されているとご存知だったわけですか?」
イリナが問う。
「いや、むしろ俺が知っていたのは逆の情報だ。この能力を持つ者が、少なくとも俺の知る範囲では、だが、俺以外にいないということだ」
「それは一体どういう……?」
「実際に見せられると分かりやすいのだが……、今ネリスの拘束を解くわけにはいかぬからな……。ネリスは万物の創造を可能とする能力を持っているのだ。恐らく、お前たちが最初にネリスを天使などと呼ぶきっかけとなった純白の翼は、その能力によって創造されたものだ。俺の右腕の能力を持つ者が他に存在しない以上、手段がこの右腕の能力であるとするならば、犯人はネリスかルモアでほぼ確定する」
まばらに頷く村人の中から疑問の声が上がった。
デニスだ。
「そこまでは分かったんですがね、なぜ一連の画策を行ったのがネリス様になるんです?」
俺はルモアに再び目配せした。
「……お主はとことん性格が悪いのう。自分で言うのも癪な話じゃが、いくら身体を共有しているとは言え、妾に特殊な能力の創造は無理なのじゃよ。この作戦のキモはこの能力にある。そもそも自分が扱えない能力を一番の被害者に使わせる前提で計画に組み込むバカがどこにおるかという話じゃ」
「だそうだ。そして、今の話からも、誘拐の動機が俺の中にある魂であったと分かるのだ。お前は今、作戦のキモがその能力で誘拐を行うことだと言ったな?」
「……言ったのう」
「つまりは、今回の誘拐事件というのは俺を釣るための撒き餌だったのだろう? 勇者が通るこの時期、この場所で複数回に渡って外部との接触を持つ村人を攫う。それも、明らかに異常と分かる手段かつ、俺に心当たりのある形で。その上、誘拐の被害者に対しては何ら危害を加えなかった。これらは全て、この閉じた空間で引き起こされた俺に対する挑戦と捉えれば説明がつく」
ルモアは少し驚いた顔をした後、目を伏せた。
「この数時間でそこまでお見通しとはのう。お手上げじゃ」
ルモアが実際には上がらない手を上げるような表情で天を仰ぐ。
「……ちょっと待って。どうしても気になることがあるからアタシにも聞かせてちょうだい」
ルージュが皆の視線を集めながら続ける。
「今までの話で消去法的に犯人とか動機とかが浮かび上がるってのは理解したわ。けど結局、実際はどうやって誘拐したのよ。昨日アンタ言ってたわよね、死神の右腕の能力には具体性と連続性が要求されるって」
確かにそれは正しい。
死神の右腕の能力は一度発動させると命令を終了するまで常に何かしらの命令状態となる。
その上命令の内容にかなりの具体性を要求されるため、こと主体的な行動を誘発するような命令に限っては、自然な形で事前に仕込むようなことは事実上不可能なのだ。
死神の右腕単体なら、だが。
「そこで考えたのが権能の上乗せによる相乗効果だ。先にも聞いたが、あれは権能の二重起動によるもの、であっているか?」
ルモアは肩を竦めると、小悪魔のような顔を浮かべて答える。
「いや、この小娘が行っておったのはそんなちゃちなものではない。三重起動、いや、妾にも何重なのかよく分からぬわ。多重起動じゃな」
「意味が分からないわ。結局何をしてたって言うのよ」
困惑顔でルージュが聞き返す。
「……お主は察しが悪いのう。死神の右腕の効果に具体性やら連続性やらが要求されるのは能力が発動してからの話じゃ。死神の右腕の効果発動には物理的な接触が必要じゃから、自分から勝手に歩いて誘拐されに行くという摩訶不思議な状況を作り出すにはそこがネックという話なのじゃが――」
ルモアはなぜか自慢げに話を続ける。
「――停滞の左腕の能力はあらゆる事象の停止じゃ。ここまで聞けば流石に分かるじゃろう?」
「……あらゆる事象ってまさか、概念的な事象も含んでるの……?」
どこかで聞いたような質問を繰り出すルージュにルモアは呆れ顔で答える。
「そうじゃよ。”あらゆる”は”あらゆる”じゃ」
「つまりだ。ネリスは自身が今正に行使しようとしていた権能の能力それ自体に停滞の能力を使ったのだ」
「ただのう、忘れてはならんのが、そもそも死神の右腕自体が創造神の右腕の能力で創造されたものだということじゃ。この時点で三重起動じゃな。その上停滞の左腕は本来、死神の右腕と同様、物理的な接触を持っている間にのみ効果を発揮する。したがって、この小娘はその停滞を齎すという能力それ自体にも停滞の能力を、さらにその能力に対しても停滞の能力を、と無数に権能を重ね掛けして発動を遅延していたのじゃ」
「……はい?」
ルージュは一周回った冷静な声で問う。
「ただでさえ権能二つ持ちって時点で大分ヤバいってのに……。それを複数回同時に重ね掛けですって……? 一体どんな化け物なのよその子……」
そう言った矢先のことだった。
ぽろり、とルモアの身体から何かが落ちる。
瞬間、爆発的に増大した魔力によって村全体が小さな衝撃波に晒された。
反射的にルモアの座っていた椅子を見ると、そこには落ちた矢だけが一本取り残されていた。
「お兄ちゃん!」
腰に小さな衝撃を感じる。
「な、なんだ……!?」
戸惑うエヌスや村人とは対称的に、ルージュは至極冷静な手つきで聖弓を構えていた。
「これは改めて名乗ったほうがいいやつかな!?」
妙にテンションの高いネリスが言う。
「……そうだな。そうしてくれ。ルージュも弓を下げろ」
俺はため息を吐きながら答える。
「じゃ、改めて! お兄ちゃんの妹にして五将会衆第五席次、ネリス・ゼーレ・デンハイトです! よろしく!」
ネリスの放った爆弾発言が寒空の下に木霊した。無邪気に構えた両手のピースサインがいやに空回りして見えた。




