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死体

 若干グロ注意です。

 悲鳴のした方へと急いで向かった俺たちは、おぞましいものを見た。


 はじめは、人が一人倒れているのかと思った。

 しかし、よく見るとそれは死体で。

 そして、奥にはもう二つ、同じようにして死体が転がっていた。


「ひ、酷い……、です……。し、死んでる……、です……」


「あまり見るな」


 俺はリリーを下がらせ、後ろを向かせる。


「――闇照らす輝き(ルーチェ・オンブラ)――」


 俺は魔力を光エネルギーに変換し、光球を放つ。

 辺りが照らされ、洞窟内がよく見えるようになった。


「でゅ、デュリックくん、どうにか助けてあげられない、です……?」


「残念だが不可能だ……。いかに俺と言えど、一度死んだ人間を生き返らせることなどできない」


 それはもはや神の御業に他ならない。

 一介の魔族である俺に、そのような奇跡は起こせない。

 世界中どこを探したところで、死んだ人間を生き返らせることができる者などいないだろう。


 リリーは悲しそうに肩を落とした。



 死体を観察する。


 どの死体も共通して胸部に円形の穴があり、背中まで貫通している。

 刺突武器、例えば槍などによる攻撃が死因だろうか。

 急所を狙った攻撃だろう。

 即死であったに違いない。


 しかしこの狭い洞窟内で、わざわざ槍などという取り回しのしにくい武器を持ち込む人間がいるだろうか……?


 魔法による攻撃ではない。

 魔法による攻撃であればこのように綺麗な円形にはならず、必ず傷の周辺に焼け焦げた跡のようなものが残る。

 しかし、貫通部分の衣服は破れているのみで、これは明らかに武器による犯行であることを示している。


 また、死体の距離がそれなりに離れており、かつ同じ方向を向いてうつ伏せで倒れている。

 三人ほぼ同時に背後から殺されたのだろう。

 犯人はかなりの実力者であることが伺える。


 もしくは、背中をあずけるほど信頼関係を築いていた人物であったか。


 顔を確認する。


 見覚えがある。

 たしか、選定開始の合図とともに走り出したが周りに置いて行かれ、一番後ろについて洞窟へと入った三人組だな。


 そうなると、三人そろって死んでいることから身内によって殺されたということはないだろう。



「リリー、確認したいのだが」


 俺はそう言ってリリーに向き直る。


「なん、です……?」


「俺たちの前の集団が洞窟に入った後、俺たちが洞窟に入るまでの間、洞窟に入った者は一人もいなかったな?」


「間違いない、です……!」


 俺たちが悲鳴を聞きつけて急いでここまで来る間、洞窟内には一つも分かれ道の類はなかった。


 つまり。

 犯人は、はじめから洞窟内に潜んでいた者か、或いはわざわざ待ち伏せを行った選定参加者か。

 いずれにせよ、犯人は今現在洞窟内にいる。


「先を行ったライツたちの安否が気になる」


「ライツさん……、って、あの騎士団長さん、です……?」


「あぁそうだ」


「騎士団長さんなら強い、です……! きっと大丈夫、です……!」


「そうとも言えぬ。犯人はかなり殺しの(すべ)に長けている。正面切っての戦闘であれば負けはせぬかもしれぬが、暗殺となると危険だ」


 そう言って、俺はリリーの手を掴む。


 相手がどのような人物であろうと、救える者は救うのが俺のやり方だ。

 見殺しにするつもりなどない。


 俺が走り出そうとしたとき、リリーが突然口を開いた。


「デュリックくん、これ何、です……?」


 指差す先を見ると、洞窟の壁面の岩に何やら溝のようなものが深く不自然に彫られている。

 その周辺には浅く円形の模様……、いや、縁取りか。

 その円の内側には独特な紋様が描かれている。


 これは、鍵穴か……?


「すまぬ、今はあまり時間がない。後で戻ってくることにしよう」


「わかった、です」


 俺はリリーを抱え、走り出した。




 洞窟内は酷い有様であった。

 俺たちは奥へと向かう道すがら、多くの者が物言わぬ死体となって転がっているのを見た。

 皆一様に胸部を槍のようなもので背後から貫かれ、うつ伏せで横たわっていた。


 血と鉄の匂いが混じりあい、洞窟内には異臭が充満している。


 それでも何とか歩を進め、ライツたちを見つけたのだが。


 俺はリリーを下がらせ、急ぎ足で彼らの下へと向かう。


「皆、死んでいるな……」


 ライツを含めた一行の五人全員が、胸部に大穴を穿たれ地に伏していた。


「でゅ、デュリックくん……! その人、まだ息がある、です……!」


 リリーの指差す先には、槍使いの騎士、エヌスが倒れていた。

 よく見ると彼に穿たれた穴は胸部ではなく、腹部にあった。

 失血死寸前といった状態だが、即死は免れたようだ。


「これならまだ助けられるッ!」


 俺はエヌスの下へと走り、両手に全力で魔力を込めた。


「――四次元回帰(パ・サード)――!!」


 俺の両手から放たれた魔力の奔流が一点に集中し、時の流れを歪めていく。

 エヌスの腹部は優しい光に包まれ、そして巻き戻される時の中で再生した彼の身体が命を繋ぐ。


「うっ……」


 エヌスが呻いた。


「気が付いたか」


「お、オレは……」


 エヌスはしばらく頭を抱え、そしてライツたちが倒れていることに気が付いた。


「ライツ……!?」


「俺たちが追いついたときには既に死んでいた」


「ライツが死んだ、だと……。そんな馬鹿な……」


「誰に襲われた?」


「わ、わからない……。気が付いたときには背後から刺されていたように思う……」


「そうか」


「い、痛くない、です……?」


「大丈夫なようだ……。すまない、オ、オレは助けられたのか……?」


 エヌスは自らの腹部をさすり、信じられないという顔をしている。


「まぁ、そうなるな。しかし……、他の者は救えなかった。すまぬ」


 俺はまた救えなかった。

 俺ごときの力では、救えぬものの方が多い。


 四次元回帰(パ・サード)は状態を元に戻すだけの魔法だ。

 死体に行使したところで小綺麗な死体が出来上がるだけであり、抜け落ちた魂は戻ってこない。


 大きく手を広げても、零れ落ちるものの方が多いのだ。

 手を小さくすぼめ、拾えるものから拾っていくしかないのかもしれぬ。


「死にかけていた俺を助けてくれた……。感謝こそすれ、誰も恨み言など吐かないさ」


「そ、そうです……! デュリックくんはすごい、です……!」


 リリーは寄ってきて俺の頭を撫でる。

 よほど落ち込んで見えたらしい。

 俺もまだまだだ。


「二人とも、感謝する……」


 俺は死体を一瞥し、深く息を吐き意を決して口を開く。


「さて、早急に外部へこのことを知らせねばならぬ」


「そうだな……。脱出を図ろう」


「そこでなのだが、エヌス、お前にリリーを任せたい。リリー、エヌスについて外へ脱出してくれるか?」


「お、オレでいいのか……?」


「エヌスさんなら、大丈夫、です!」


 リリーはさっとエヌスの側に立つ。


「デュリック、お前は……?」


「選定に決着をつけねばならぬ。このような非常時に勇者不在というのは危険だ」


 もしこれが人間に悪意を持った外部の者による犯行の場合、手始めに勇者候補筆頭を暗殺することで抵抗できなくなったところを襲いに来る可能性が高い。


 そうであれば、俺が勇者になり人間の後ろ盾となることで、多くの命を救うことができるだろう。


「しかし……、あの宝はお前には見つけられないと思うが……」


「なに、心配するな。俺はデュリックだ。この誇り高き名に懸けて、手に入れると言ったものは必ず手に入れてみせる」


「そうです! デュリックくんはすごい、です!」


 リリーが訴えるようにエヌスを見上げる。


「そうか……。お前ならばどうにかするのだろうな。では、彼女はオレが責任をもって外まで連れ出そう」


「頼む」


 そう言って、俺とエヌスたちは分かれることになった。

 槍使いの騎士、なんとも怪しいですねぇ……。

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