灰桜の月
中央広場へ戻る道すがら、俺はリリーに疑問を投げかける。
「先ほどの男が寿命がどうこうと言っていたが、あれはどういうことだ?」
「きっと……、わたしたちは生贄魔法の触媒として攫われてきた、です……」
リリーは下を向き、答える。
「生贄魔法、か」
知性ある生物は共通して魂に魔力を持つ。
それは生命活動の維持に始まり、戦闘、生活など多岐に渡って一生涯消費されることになる。
つまり、寿命の長さと魔力の容量にはある程度正の相関関係があると言える。
その、一生涯で使うはずであった魂に内在する魔力を「前借り」して一気に使用してしまうのが生贄魔法だ。
当然、一生涯分の魔力を引き抜かれた個体に待つのは死のみだ。
その者にあるはずであった未来を全て消費して放つ魔法。
外道魔法などという蔑称がある辺り、多くの者が忌避するものであることは言うまでもない。
そして、寿命の長さに応じて増える魂の魔力容量を利用するこの外道魔法に適した生贄が、エルフなのである。
エルフの戦闘能力は基本的に低い。
そのため集団で隠れて生活する習慣があるようなのだが、リリー達は運悪く見つかってしまったようだな。
とは言え、エルフの寿命は高々1000年と言ったところだ。
つまり最も生贄魔法の触媒に適した種族は魔族なのだが、まぁ、魔族を狩れるものなど魔族しかいない。
その魔族全てが父上に平伏す以上、少なくともここ数千年はそのようなことは起きていないだろう。
「しかし、今更あのような古典的な魔法を引っ張り出す者がいるとはな」
生贄魔法は前時代の遺物だ。
かつては大量の魔力が必要な場合、多くの人手で無理やり賄うか、さもなくば生贄魔法によって一度に大量の魔力を供給するしか手段がなかった。
しかし、魔力を貯蓄できる魔道具の開発によって時代は進み、今では人間でさえ数人がかりで数日から数ヶ月かけて魔力を貯めれば、よほどの大魔法でもない限り誰でもほぼ全ての魔法を行使できるようになった。
今更生贄魔法などを使う者がいるとすれば、それは時間に追われる者か、或いは身に余る大魔法を行使する必要に迫られた者か。
いずれにせよ、倫理的に問題のある行為であることは明らかである。
「わたし、集落の中で最年少、です……。たぶん、生贄としての効率がいい、です……」
ふむ。
たしかに数百年単位で生きるエルフを贄として見るならば、最年少というのは魅力的なのだろう。
同じエルフにしても、得られる魔力量に数百年分の差があるとするならば、それは一朝一夕で賄えるものではない。
今更生贄魔法などに頼る連中にとっては喉から手が出るほど欲しい逸材だろう。
リリーは不安そうな目を向ける。
「いずれにせよ、あのような外道の法を持ち出してまで何かをなそうとしている連中の目的は気になるところだ。なに、心配するな。俺が救うと言っただろう」
そういえば、リリーの服は汚れたままだな。
これから人前に出るという中でそれはあまりよくないだろう。
「――四次元収納――」
言うやいなや、俺の目の前に空間のひずみが生じる。
それは波紋となって小さな穴を作り、その先には灰色の空間が見え隠れする。
「な、なんですかそれ、です!?」
「時空間魔法と呼ばれる類の魔法なのだがな。莫大なエネルギーを一点に集中させることで空間にひずみを作ることができる」
そう言って、俺は穴の中へと無造作に手を突っ込む。
しばらく中をまさぐり、そして一枚の外套をつかみ取ってリリーへと渡す。
「まぁ倉庫のようなものだ。これを着るといい。あまり物を多く持ってくる時間もなかったのでな。悪いがこれで我慢してくれ」
「わぁ、ありがとう、です……! 魔法ってなんでもあり、です!」
リリーは嬉しそうに俺の外套を着る。
漆黒の外套はリリーの服と絶妙なコントラストを作り、よく似合っていた。
「正確にはなんでもありという事はない。特に、時空間魔法などというのは魔力量がものをいうカテゴリなのだ。魔力量が足りないことには何もできない。もっとも、時間や空間を世界を形作る一つのパラメータと捉えられることから拡張性は非常に高い。その点で言うと、時空間魔法という呼び方はよくないのだ。次元魔法というのがより正しいだろうか」
俺の話を一通り聞き、よく分からない、という顔をしてリリーは言う。
「デュリックくんは魔法がすき、です」
ふふっ、と無邪気に笑う。
「そうだな。だからこそ、生贄魔法などというものを許すことはできぬのだ」
そう、生贄魔法の歴史は血塗られた負の歴史だ。
魔法とは本来、人々を幸せにするために使われなければいけない。
人々を不幸にすることなどあってはならないのだ。
「頑張って、パパとママを助ける、です……!」
中央広場に戻ると、ライツが暴れまわっていた先ほどとは打って変わって、既に多くの人が集まっていた。
受付の女性の下へと向かう。
「すまない。付添人を増やしたいのだが」
「ひゃあっ……。あ、あははぁ、デュリックくんかぁ……。さっきはすごかったねぇ……」
一歩引いて女性が答える。
何やら身構えられているようだ。
「別にとって食ったりはせぬ」
「そ、そうだよねぇ……。え、えぇっと……、付き添いの追加だっけ……? そこの子かい……?」
「あぁそうだ」
「リリー、です……。リリー・エスピリテ……」
俺の後ろに隠れながら、リリーは自己紹介した。
「どっひゃぁ、こりゃまた可愛い子をひっかけたもんだねぇ……。こんな子を選定に連れて行くなんて正気かい……?」
「色々と事情があってな」
「そ、そういかい。ルール上は問題ないから、追加しておくね」
受付はそう言うと、あまり関わり合いたくないといった様子で奥へ引っ込んでしまった。
「なぜか避けられているような気がするのだが」
気付けば、受付のみならず周りの人間が一定距離を空けるようにして近づくまいと押し合いをしている。
「さっきはすごかった、って何をした、です……?」
「チンピラを捻っていたら勇者候補筆頭とやらが4人がかりで襲い掛かってきたのでな。気絶してもらった」
「絶対それ、です!!」
リリーが食い気味に言う。
「そういうものか」
「そういうもの、です!!」
そう言ったリリーは、なぜか少し嬉しそうだった。
そうこうしている内に時刻は22時をまわったようだ。
広場に設けられたお立ち台に受付の女性が上る。
「レディース&ジェントルメーン!! とうとうこの日がやってきてしまいました! 前回の悲劇から早20年、此度の勇者は魔王に一矢報いることができるのか!?」
広場では盛り上がる者に混ざって嘆きの声も聞こえ、阿鼻叫喚の地獄絵図と化している。
受付は説明口調で続ける。
「我らがフィーネ王国には古くより、灰桜の月が上る夜、魔王が動き出すという言い伝えがあります! そして記録を見る限り、この伝承が外れたことは一度としてありません!」
群衆はより一層盛り上がる。
20年前にも上った灰桜の月、か。
関所の衛兵がそのような話をしていたな。
灰桜色の月が上る夜、魔王討伐のための勇者を選定する、それが灰桜祭というわけか。
しかし、魔王と灰桜の月との関係性がいまいち見えてこぬな。
あの月からは魔力的な何かなど一切感じられない。
父上が何か目的をもってあの月を生じさせているとは考えにくいのだが。
人間に向けたサインか何かなのか?
であれば、オスクルに一任された宣戦布告は意味を持たぬ気がする。
「数日中にも魔王が攻めてくるでしょう! それに対抗できるのは、聖剣に選ばれし者、勇者しかいないのです!! そんな勇者はキミかもしれない! 今こそ人類を救え! 勇者選定、ここに開幕!!」
群衆が雄叫びを上げる。
「なんだか怖い、です……」
「20年前に勇者シャリテという者がいたそうなのだが、魔王討伐に向かったきり帰ってこなかったのだそうだ。そのシャリテとやら、ずいぶんと皆に慕われていたようでな」
「復讐に燃えてる、ですか……?」
「そのようだ」
魔王を殺せだの魔族を滅ぼせだの、そこら中で物騒な単語が飛び交う。
父上もずいぶんと憎まれたものだ。
それに肩入れしている俺が言えたことではないのだが。
「まずは会場へ移動しましょう! 選定参加者および付添人以外の方は入れません、参加者の皆さんだけついてきてください!」
受付の女性はそう言ってお立ち台を下り、先導するようにして歩き出した。
俺たちもそれに続き、件のクリフィー洞窟へと向かうことになった。
奇妙な月ですねぇ。




